刑法の性犯罪規定の改正-不同意わいせつ、不同意性交とは?
刑法における性犯罪規定の改正は度々行われています。以前は2017年に「強姦罪」から「強制性交等」に名前が変わり、規定も変更されました。
令和になり、さらに刑法の性犯罪の規定を見直す改正が行われ、令和5(2023)年6月16日の参議院本会議で改正刑法が可決され、「強制/準強制わいせつ罪」は「不同意わいせつ罪」へ、「強制/準強制性交等罪」は「不同意性交等罪」に変更され、2023(令和5)年7月13日より施行されています。
刑法改正により、刑法の性犯罪の規定はどのように変わったのでしょうか。そして我々はどのようなことに気を付けなければならないのでしょうか。以下、弁護士・坂本一誠が解説します。
今回(令和)の刑法改正の概要
改正の概要は以下のとおりです。
- 強制/準強制わいせつ罪・強制/準強制性交等罪の名称を、不同意わいせつ罪・不同意性交等罪に変更
これまで強制性交等罪については暴行または脅迫を、準強制性交等罪については被害者の心神喪失若しくは抗拒不能を要件としていた規定を見直し、以下の「行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて」という要件に一本化されました。
- 暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと
- 心身の障害を生じさせること又はそれがあること
- アルコール若しくは薬物を摂取させること又はその状態にあること
- 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はそれらの影響があること
- 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと
- 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること
- 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること
- 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること
- マッサージ師が施術と称してわいせつ行為を実施するなどして、その行為がわいせつ行為でないと誤信させてわいせつ行為を行う類型につき、これを不同意わいせつ罪とすることを明記
- いわゆる性交同意年齢を13歳から16歳とし、16歳未満の者に対するわいせつ行為または性交等は、同意の有無にかかわらず不同意わいせつ罪・不同意性交等罪となるように変更
- 性器や肛門に陰茎以外の身体の一部や物を挿入する行為であってわいせつなものについて、これまで強制わいせつ罪として処罰されてきたが、従前の強制性交等罪の法定刑である5年以上の有期拘禁刑を適用
- わいせつ目的での16歳未満の者に対する面会要求罪等の創設
- 刑事訴訟法規定の性犯罪に関する公訴時効の規定の長期化
- 性犯罪の被害者につき、刑事裁判における証人尋問の負担を減らすべく、一定の要件のもとでその事情聴取を録音・録画した記録媒体を刑事裁判で証拠とすることができることとする
刑法改正による生活への影響
多くの方々は自身が犯罪とは無縁だと思って生活されている方がほとんどだと思います。
しかしながら、性的な行為というのは、同意の下である限り、我々の多くが特定の相手との間で行っているものです。
ですから、万が一にも、性的行為に同意がないということで被害者を作り出し、刑事裁判に発展することのないよう気を付けなければなりません。
例えば以下のようなケースは、今回の改正によって刑事事件に発展する例が更に多くなると予想されます。
経済格差のある夫婦間のケース
例えば今回の法改正では、「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること」により、同意しない意思を形成、表明または全うすることが困難な状態の相手との性交が処罰となることが明文化されました。
また、改正後の規定では「婚姻関係の有無にかかわらず」適用されることが明記されました。したがって、妻が専業主婦であり、その生活が夫の生計に依存しているため、本当は夫と性交したくないけれども離婚すると生活していけないから性交に応じざるを得ないという場合、妻がそのような性交について警察に訴え出れば、上記規定が適用される可能性があるのです。
言葉での同意を取っていても「アルコール摂取の影響」や「いとまがない」との規定が適用され得るケース
男女がお酒を飲んだ後、良い雰囲気になりラブホテルに入って性交を行うというのは、我々の社会生活においてしばしば観察されるもので、映画やドラマなどの創作物でそのようなシーンが登場することは珍しくありません。
ラブホテルに誘う際や、実際に部屋で性交に及ぶ際に、相手から口頭で同意を取れば、外形上は同意のうえでの性交ということになります。
しかしながら、例えば女性がアルコールの影響で性交の際の記憶をよく覚えておらず、翌日以降に同意がなかったのではないかという認識に至るケースや、「はいとは言ったけれども男性の押しが強く、断る隙がありませんでした」などと説明するケースでは、アルコールの摂取や同意しない意思を表明するいとまがないことによって、同意しない意思の表明が困難だったとして、上記規定が適用される可能性があります。
以前の刑法改正-「強姦罪」から「強制性交等罪」へ
2017年6月の法改正により、「強姦罪」という犯罪が「強制性交等罪」という罪名に変わりました。当時の条文を比較してみると、ポイントは次の4つです。
①「女子」という限定がなくなり、被害者が男性でも成立するようになった。②従来強制わいせつとされていた性交類似行為としての肛門性交、口腔性交も本罪の処罰の対象となった。③刑罰が「三年以上」から「五年以上」に引き上げ。④強姦罪は被害者の告訴がなければ検察官の起訴が許されない親告罪だったのに対し、強制性交等罪は、告訴がなくとも検察官の起訴が許される非親告罪となった。
刑法旧177条(強姦罪)
暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。
刑法旧177条(強制性交等罪)
十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。
この2017年改正時に、処罰範囲が拡張され、法定刑も引き上げられましたが、一方で「暴行または脅迫」を成立要件にしている状況であれば重要な部分が変わっていないとの指摘もあり、争点になっていました。
当時の諸外国の情勢や、日本各地で行われた「フラワーデモ」などの状況から、2020年には法務省において「性犯罪に関する刑事法検討会」において、議論をスタートさせました。そして、2021年9月10日、法務大臣は、前述の検討会が作成した報告書等を基に、性暴力被害の実態に応じた法制度の見直しを同月16日に行われる法制審議会の総会で諮問する方針を明らかにしました。そこでは、前述の強制性交等罪「暴行や脅迫を加える」や準強制性交等罪の「心神喪失や抗拒不能に乗じる」といった構成要件等が議論される見通しになっており、前述の市民運動等も踏まえ、同意がないことだけで犯罪成立を認めるという運用がされるのかという期待がありました。その期待の中で今回の2023年の改正が行われたという経緯があります。
まとめ
同意のない性的行為が許されないことは当然のことです。
今回の刑法改正により、同意のない性交が犯罪であることが強調され、性的同意に対する国民の意識が変わり、被害者が一人でも少なくなることが期待されます。
一方で、当事者の認識の齟齬や記憶違いにより、犯罪が成立するかが極めて微妙である事案が刑事事件に繋がることは、刑法が改正される以前から珍しくありませんでした。
今回の法改正により、これまで当事者が被害の声を挙げられなかったようなケースが表面化する結果、実際には冤罪であるのに刑事事件の当事者となってしまう方も出てくるかもしれません。
もし性的行為について相手方から同意がなかったと言われたり、捜査機関の捜査を受けたりされている方や、家族がそのような立場に置かれてしまった方は、是非中村国際刑事法律事務所にご相談ください。