家族が逮捕された時、あるいは自分が警察の取調べを受けた時、突然の出来事に困惑する中で、ふと、テレビやネットニュース、新聞等で「警視庁は〇日、東京都○○区〇〇において、~をした疑いで、〇〇容疑者(〇〇歳)を逮捕しました。」という報道をよく見聞きすることを思い出し、自分や自分の家族の事件も同じように報道されるのではないかと不安に駆られるかもしれません。
事件が報道されてしまうことになるのか、報道をどうにか避ける方法はないのか、ここではそういった疑問に代表弁護士・中村勉がお答えします。
実名報道とは
実名報道とは、テレビ・新聞などにおいて、実名を出して報道することを言います。刑事事件の場合、被疑者(容疑者)・被告人・被害者などの実名を報道されることがあります。ここでは主に、被疑者の実名が報道される場合について説明します。
なぜ実名報道されるのか
実名報道は、後ほど解説する名誉毀損やプライバシーの侵害などの問題が生じるものの、憲法上保障されている国民の知る権利や報道の自由との関係で許容されるものと一般的に考えられています。
また、犯罪予防に繋がるなどの観点もあります。さらに、警察による報道発表の目的には、警察の迅速かつ適切な捜査を国民に示すことにより、今後の警察活動への国民の協力を確保する目的も含まれているものと考えられます。なお、警察が報道機関に発表したからといって、実際に報道がされるわけではなく、報道機関側がニュース性を考えて報道するかを決めています。
どういう経緯で報道されることになるのか
警察は、被疑者を逮捕した場合に、その事実の報道発表によって発生し得る損害や不利益、報道発表によって見込まれる効果や利益を、被疑事実の内容、捜査の進捗状況、被疑者及び被害者の特性、社会的影響や国民の関心の程度等を総合的に勘案し、発表による利益が不利益を上回る場合に発表しているものと考えられます。
逮捕されたばかりですと捜査は未だ進行中ですから、共犯者がいる事件ですと、むやみに被逮捕者の実名報道をすれば、それを見たり聞いたりした共犯者が逃亡したり罪証隠滅に奔ったりする可能性があります。また、被逮捕者の実名報道をすることで、その事案の内容によっては、被害者が特定されてしまう可能性があります。
警察としては、そういった報道発表により生じうる捜査への支障や関係者への悪影響についても一応考えた上で、報道発表するかどうかを決めています。なお、報道発表は警察署の広報担当部署の担当者が同部署の責任者の決裁を得て行っているものと思われます。
報道されることが多いケース
まず、報道されるのは逮捕事案であることが多く、在宅事案、すなわち捜査機関が被疑者を逮捕することなく捜査を進めている事案で報道がされるのは稀です。
例外的に、在宅事案であっても、当該被疑者が政治家や芸能人等いわゆる有名人である場合には報道されることがあります。そして、逮捕事案であっても、そのうち、話題性があって社会的反響が大きいと認められるものが報道される傾向にあります。
社会的地位・信用が高いと考えられる職業の場合
1つの大きな指標になるのは、被疑者の職業です。
- 公務員
- 教員
- 大学教授
- 医者
- 弁護士 等
これらのように、社会的に信用され、また地位が高いと考えられている職業についている被疑者の事件は、世間の大きな注目を浴びますので、事案の軽重にかかわらず報道される可能性が高いです。また、芸能人等の有名人、大企業の役員、社員が被疑者の場合もやはり注目を浴びるので、同様に、事案の軽重にかかわらず報道される可能性が高いでしょう。
被疑者と被害者の関係
次に、被疑者と被害者の関係から強い非難を浴びるような事件も報道される可能性が高いでしょう。例えば、教員による生徒に対する強制わいせつ事件や、保育士による園児に対する強制わいせつ事件、暴行・傷害事件、介護福祉施設の職員による利用者に対する暴行・傷害事件等です。
重大事件の場合
殺人、傷害致死、放火、強盗、詐欺等、重い犯罪の事件の場合には被疑者の特性にかかわらず報道されることが多いです。交通事故の事案等で被害者が多数の場合も被疑者の特性にかかわらず報道されることが多いでしょう。
報道されにくいケース
少年事件の場合
少年事件の場合には、少年法61条によって、少年の氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等により本人が特定できるような推知報道が禁止されていますので、実名報道をされることは基本的にありませんし、報道自体されることが少ないです。
少年法第61条 記事等の掲載の禁止
家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。
もっとも、殺人や強盗、放火、集団暴行の事案等、重い事件については、少年の名前を伏し、年齢及び職業のみ示して報道されることがあります。
事件が比較的軽微な場合
条例違反や万引き等、事件が比較的軽微な場合には報道されにくいです。
ただし、上述したとおり、被疑者が社会的に地位が高い、あるいは信用されている職業についている場合、また、芸能人等の有名人である場合には、事件が比較的軽微であっても報道される可能性がそれなりにあります。
逮捕事案ではない場合
逮捕事案ではない、いわゆる在宅事案も報道されにくいです。
先程、事件が比較的軽微であっても、被疑者が社会的に地位が高い、あるいは信用されている職業についている場合、また、芸能人等の有名人である場合には、報道される可能性がそれなりにあることに触れましたが、このような場合も、当初から在宅事案である場合には報道されることは少ないです。
ただ、「書類送検されていたことが発覚しました」「在宅起訴されていたことが関係者の話から分かりました」等、何らかのタイミングで事後的に報道されることはあります。
実名報道の問題点
実際に実名報道されてしまった場合、名誉毀損やプライバシーの侵害が問題になります。
被疑者はあくまでも捜査機関が犯罪を犯した人であると疑って捜査対象にしている人であり、被疑者が実際に犯罪を犯した人であるかが司法上に決まるのは、被疑者が起訴され、被告人として有罪判決を受けたときです。
それにもかかわらず、逮捕されたばかりの時に、つまり、捜査中に被疑者を実名報道し、また、被疑者の顔まで報道すれば、当該報道を見聞きした人のほとんどは、当該被疑者が犯罪を犯した人であるとの印象を抱くでしょう。被疑者としての逮捕の事実が報道されれば、当該被疑者となっている方の社会的評価は当然下がりますので、十分、名誉毀損(民法上の不法行為としての名誉毀損及び刑法上の名誉棄損罪)に当たり得ます。
しかし、なぜ、それでも報道機関が堂々と実名報道をするかと言うと、それは、公表した当該事実が、公共の利害に関する事実であって、かつ、その目的が専ら公益を図ることにある場合には、当該事実が真実であることの証明ができる限り、刑法上罰せられず(刑法230条の2第1項)、また、民法上も、違法性がなく、不法行為は成立しないと解されているからです(最高裁昭和41年6月23日判決)。しかも、刑法上、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなされることになっています(刑法第230条の2第2項)。
刑法第230条1項 名誉毀損
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
刑法第230条の2 公共の利害に関する場合の特例
前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
また、日本国憲法第13条により保障されるプライバシー権との関係でも、実名報道は被疑者のプライバシーを侵害するものと言い得ますが、やはり一般的に、実名公表による公共の利益が、被疑者のプライバシーに係る情報を公表されない法的利益に優先すると解されており、プライバシー侵害による不法行為は認められにくいのが実情です(最高裁平成28年9月13日決定等)。
以上のような事情から、ひとたび警察が報道機関に対して報道発表をしてしまうと、もはや報道を阻止するのは難しい現状があります。ですので、実名報道を阻止するには、警察に発表を控えてもらうことが重要になります。
もっとも、警察による報道発表を阻止するのは容易なことではなく、弁護士がこれを阻止するのも困難です。ただ、弁護士において、報道による不利益が報道に得られる利益より大きいことを示し、警察に対して報道発表を控えてほしい旨上申することはあります。
実名報道されたときの対処法
実名報道されてしまったときの対処法としては、報道機関に対する損害賠償請求や、ネット記事による報道でしたら、記事の削除請求が考えられます。
損害賠償請求については、上述したとおり、一般的に実名報道は不法行為を構成する名誉毀損には当たらないと解されていますので、報道された当該事件につき、のちに無罪判決を受けた場合や真犯人が出てきてその人が有罪判決を受けた等の事情がないと、請求はなかなか認められないものと考えられます。
記事の削除請求については、不起訴処分を獲得すると応じてもらえやすいでしょう。削除請求の手続については、こちらの記事で説明していますので、ご覧ください。
まとめ
いかがでしたでしょうか。実名報道されやすい事件の類型や、そもそもなぜ実名報道が許されているのか等、お分かりいただけたかと思います。ご自身やご家族の事件が報道される可能性がどのくらいあるか、お悩みの場合には、弁護士にご相談ください。