昨今、インターネット上や会員制交流サイト(SNS)上での誹謗中傷被害に苦しむ方は増加の一途を辿っています。2020年、Twitterなどを利用した誹謗中傷被害に悩んでいた有名人の方が亡くなったことを受けて、高市総務相は、同日の記者会見で「匿名で他人を誹謗中傷する行為は人としてひきょうで許しがたい」などと指摘し、SNS上の誹謗中傷記事の発信者の情報開示を容易にするなどの制度改正を含めて対応する考えを表明しました。
また、同日、Twtter Japan、LINE、Facebook Japanなどを含むSNS事業者団体は、SNS上での誹謗中傷被害対策を強化する内容の緊急声明を発表するに至っています。
さらに、後述するように、2023年2月21日には、総務省のインターネット上の誹謗中傷対策について議論する有識者会議が、ネット投稿の削除を裁判手続きによらずに迅速に行うための手続きを創設する検討に入ったことが明らかにされました。
SNS上の匿名による誹謗中傷に対しては、泣き寝入りすることなく、勇気を出して声を上げていくことが重要です。この記事では、SNS上の誹謗中傷に関する現状の法制度や、SNS上の誹謗中傷に対してどのような法的手段を取ることができるのかなどを説明していきます。
SNSでの誹謗中傷とは
SNS上での誹謗中傷とは、インターネットなどを利用して、他者に対し心ない暴言を書き込んだり、他者の実名や住所、勤務先などの個人情報を書き込んだりすることなどをいいます。いずれも、インターネットを利用する限り誰にでも起こり得る被害といえます。
SNSでの誹謗中傷例
SNS上での誹謗中傷被害の例は多岐にわたります。一例を以下にあげます。
- SNS上の個人アカウントに対し、「死ね」「ガソリンをまいてやる」「会社に通報してやる」「生きている価値がない」などの攻撃的な内容のコメントが投稿された。
- SNS上での投稿内容から、個人名や学校名、勤務先の会社名などが特定されてしまい、本人の気づかないうちにSNS上で拡散されてしまった。
- SNS上の個人アカウントが何者かに乗っ取られてしまい、乗っ取られたアカウントが他人を攻撃するような内容の投稿をした。
SNS上の投稿は、一見すると匿名であるため、被害を受けた方は「見えない相手」からの攻撃に苦しみ続けることになるのです。
SNSでの誹謗中傷の種類・基準
SNSでの誹謗中傷が違法となる基準は、人の権利を侵害するか否かです。
上記の①でいうと、「死ね」などの攻撃的な書き込みは、個人として尊重されるべき人格権を侵害する行為といえます。後ほど詳しく解説しますが、書き込みが「公然と人を侮辱」、「事実を適示し、人の名誉を毀損」したと評価できる場合、それぞれ刑法上の侮辱罪、名誉毀損罪に該当します。
なお、ここでいう「人」とは、人だけでなく、会社などの法人も含みます。
たとえば、上記の例1や例2において、勤務先の会社の社会的評価を下げる情報が拡散されたり、会社に対して常識外れの大量のメールを送ったような場合には、当該会社の名誉が毀損されたり、業務が妨害されていると評価される可能性があり、会社に対する名誉毀損罪や業務妨害罪などに該当する可能性があります。
その他、書き込みの内容に関係なく、特例法などで行為自体が禁止されているものがあります。上の例3のようなアカウントの「なりすまし」行為は、不正アクセス行為として、後述する不正アクセス行為の禁止等に関する法律により、そのような「なりすまし」行為自体禁止されているのです。
SNS上の誹謗中傷に関する法令について
SNS上の誹謗中傷に関する法令としては、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(いわゆるプロバイダ法)」があります。
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(いわゆるプロバイダ法)について
趣旨
この法律は、掲示板、SNSの書き込み等によって権利の侵害があった場合に、プロバイダ、サーバの管理・運営者等の損害賠償責任が免責される要件を明確化するとともに、当該プロバイダに対する発信者情報の開示を請求する権利を定めた法律です。
法律の中核となる条文は、第3条(損害賠償責任の制限)及び第4条(発信者情報開示請求)です。
第3条(権利侵害情報の削除)
第3条では、SNSの書き込み等により権利が侵害された被害者から情報の削除の申出があった場合において、プロバイダ側において、①他人の権利が侵害されていると信じるに足る相当の理由があった場合、または、②削除の申出があったことを発信者に連絡して7日以内に反論がない場合は、プロバイダ側が当該情報を削除できることとされています。
もっとも、被害者からの削除の申出がある場合でも、プロバイダ側が、①他人の権利が侵害されていることを知っていたとき、または、②他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるときを除いて、プロバイダ側は削除をしなくても責任を負わないと規定されています。なお、権利が侵害されたと主張する被害者が公職の候補者等である場合には特例が設けられています。
第4条(発信者情報の開示情報)
第4条は、発信者の情報開示請求に関する規定です。①問題となっている権利を侵害する内容の情報(書き込みなど)の流通によって請求者(被害者)の権利が侵害されたことが明らかであること、②損害賠償請求の行使その他開示を受けるべき正当な理由があること、の両要件を満たした場合、請求者(被害者)は、プロバイダ側に対して、発信者情報の開示を請求することができるとされています。開示される情報は、法務省令で定められており、発信者の氏名、住所、メールアドレス、発信者のIPアドレスまたはIPアドレスと組み合わされたポート番号、携帯端末のインターネット接続サービス利用者識別番号、SIMカード識別番号、発信時間(タイムスタンプ)などです。なお、開示に応じないことによる損害については、プロバイダ側に故意または重過失がなければ免責されます。
このような内容の発信者情報開示請求制度については、冒頭で述べたとおり、今後法改正により、より利用が容易となる可能性があるので、今後の法改正の動向が注目されます。
その他問題となりうる法令
SNS上の誹謗中傷行為に対しては、その他、刑法上の以下の犯罪や、不正アクセス法違反に問える可能性があります。
名誉毀損罪(刑法第230条1項)
刑法第230条1項
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
「公然」とは不特定又は多数の人が認識しうる状態をいい、「事実の摘示」とは人の社会的評価を低下させるような事実であれば公知の事実でも構わないとされています。なお、ここでいう「事実」は「真実」とは異なり、本当か嘘かは問われません。
また、「摘示」の方法も問わず、文書、図画、漫画、身振りなどでも、それにより特定の字一が適示されたと評価し得る限り、「摘示」に当たるとされています。なお、次の条文である刑法230条の2において、公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる場合で、摘示した事実が真実であることの証明があった場合の免責規定が設定されています。
侮辱罪
刑法第231条
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科刑に処する。
事実の摘示がなくとも、人に対する「侮辱」すなわち人に対する社会的評価を害する危険を含んだ軽蔑の表示をした場合には、侮辱罪が成立し得ます。
脅迫罪
刑法第222条1項
生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
信用毀損罪又は業務妨害罪
刑法第233条
虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
不正アクセス行為の禁止等に関する法律(不正アクセス法違反)
ネットワークを経由してアクセスが制限されているコンピュータに対し、その正規の利用者である他人のIDやパスワードを無断で入力するなどの「不正アクセス行為」は「何人も」「してはならない」とされており(3条)、これに違反した場合は三年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処すると定められています(11条)。
他にも、不正アクセス行為の目的で他人のパスワードを取得したり、不正に提供したり、不正に保管、なりすましなどした場合には、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金(4条ないし7条、12条)が定められています。
SNS誹謗中傷被害で弁護士ができること
SNSなどで誹謗中傷被害にあったときは、我慢せず、法的措置を検討するなどの毅然とした対応を取ることが重要です。
上記のように、SNS誹謗中傷事件では、刑法はもちろんのこと、色々な特別法も問題になるため、思わぬところで罪を犯し、警察から被疑者として取調べを受けることがあります。
しかし、その線引きは難しく、たとえば、先ほど解説しました名誉毀損罪と侮辱罪は判断が微妙な場合もあります。弊所の最近の解決実績にも、当初名誉毀損罪で把握されていた事案で、判例リサーチを行い、名誉毀損罪ではなく侮辱罪と把握すべきであることを積極的に主張し、結果、軽い侮辱罪に罪名変更され、時効完成により不起訴処分を獲得したものがあります。
また、被害に遭われた方は、弁護士に依頼することで、たとえば、以下の手段をとることができます。
ネット投稿の削除要請
ネット投稿の発信者に対し、弁護士が直接連絡し、削除要請します。ネット投稿の発信者が明らかでない場合には、上述のプロバイダ責任制限法4条に基づき、発信者の情報開示を受けた上で、発信者に対して削除要請します。特に、事実と異なる内容が含まれている場合は、具体的な部分を指摘して削除要請を行うと任意的に応じてもらえる場合もあります。
ネット投稿は、一見すると事実のように見えても、よく読むと事実と異なる部分があちらこちらに含まれていることも多いです。また、投稿がされた当時はあった疑いが、捜査や裁判が進んだことで払拭されたということも多いです。この方法で済めば、手間もさほどかからないため、弁護士費用も抑えることができます。
投稿の削除の仮処分命令申立て
任意の交渉で削除に応じてもらえなかった場合、正式な民事訴訟の前の早期の段階において権利侵害状態を回復する仮処分、すなわち投稿の削除の仮処分命令を裁判所に対して申し立てます。裁判所が当該投稿の削除の必要性が認められると判断した場合には、裁判所はサイト運営者等に対して、仮処分として当該投稿を削除するように命令します。
なお、正式な民事訴訟が判決までに時間がかかるために認められているこの民事保全法上の制度ですが、申立てから削除の仮処分命令の発令までは通常2ヶ月前後かかるため、被害拡大防止のために求められる迅速性の要請に適うものとは言い難いのが現状です。そこで、2023年2月現在、ネット上の誹謗中傷対策を議論する総務省の有識者会議においては、より迅速な投稿削除の実現に向けて、裁判外紛争解決手続き(ADR)の活用を含む迅速な削除に特化した手続きの創設が検討されています。ADRは公正な第三者が関与する仕組みとなっている点で裁判と似ていますが、裁判に比べて手続きが迅速である上、費用の抑制も期待でき、また裁判と異なり非公開で行われるため、被害者のプライバシーが保たれるというメリットがあります。いずれにしても新たな削除手続きの創設はネット上の誹謗中傷の被害拡大を防止するために欠かせないといえるでしょう。
発信者に対する民事訴訟
発信者特定の後、発信者に対し、被害者の方の被った精神的苦痛に対する慰謝料などを求める損害賠償訴訟を提起することができます。
発信者に対する刑事告訴
発信者の特定を待たず、必要に応じ、捜査機関に対し、SNS上の誹謗中傷被害を申告するという告訴を行うことも可能です。
まとめ
いかがでしたでしょうか。SNS上の誹謗中傷被害に遭われた方に対して、私たち弁護士ができることはたくさんあります。被害に悩んでいらっしゃる方は、いつでもご相談ください。