性犯罪に対する世間の考え方は日に日に厳しいものとなっています。
痴漢は、逮捕されたり行為態様によっては実刑判決が下されることもある重大な犯罪です。
捜査機関による身柄拘束により、失職など取り返しのつかない事態に陥ることもあります。
また、通勤電車という混み合った状況で起きる犯罪のため、犯人の取り違えなどによって冤罪が生まれやすい犯罪類型でもあります。
以下、痴漢事件で逮捕された場合の手続きはどうなるのか、また、痴漢はどのような罪に該当するのか、刑罰はどのようなものなのかといった痴漢にまつわる刑事事件について、弁護士・坂本一誠が解説いたします。
痴漢で逮捕される罪名と刑罰
痴漢とは、一般的には、駅構内、電車内、道路上、商業施設等の公共の場所や花火大会会場、ライブ会場、レジャープール施設等の混雑した場所において、他人の身体を触ったり卑わいな行為をしたりすることをいいます。
そして、痴漢行為の犯行態様によって適用される法令が異なります。
触った身体の部位、犯行態様、犯行時間の長短、犯行が行われた場所、被害者の年齢などの事情により、各都道府県の迷惑防止条例違反が適用されるケースと、刑法上の不同意わいせつ罪で立件されるケースがあります。
更に、2023年に施行された改正刑法により、不同意性交等罪に身体の一部や物の挿入が含まれることになりました。そのため、痴漢行為の際に被害者の陰部に指を挿入した場合には、不同意性交等罪として厳罰に処されるケースが出てきました。
1. 迷惑防止条例違反
例えば、電車の中で、相手の衣服の上からお尻や胸を触ったような場合は、迷惑行為防止条例違反で規定される典型的な痴漢に当たります。
東京都は、東京都迷惑行為防止条例(公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例)第5条において、以下のように規定しています。
東京都迷惑行為防止条例 第5条
何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であつて、次に掲げるものをしてはならない。
(1) 公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。
この条例において、「痴漢」という言葉は使われていません。
しかし、「公共の場所又は公共の乗物」、すなわち、電車内、駅のホーム、エレベーター内、エスカレーターなどにおいて、「衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」というのは、皆さんがイメージする痴漢行為そのものであることからわかるように、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例の第5条1項1号は、痴漢行為を禁止した規定であることがわかります。
迷惑行為防止条例違反に規定する痴漢行為を行った場合、罰則としては、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金であると規定されています(同条例8条1項2号)。なお、常習的に痴漢行為を行っているような場合には、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金となり、より重い罰則が定められています(同条例8条8項)。
東京都以外の各都道府県も、文言は多少違うこともありますが、同様の内容の条例により、痴漢行為を罰しています。
各都道府県で制定されている条例で、内容や罰則に違いがあります。 | 単純 | 常習 |
---|---|---|
神奈川県(迷惑行為防止条例) | 1年以下の懲役又は100万円以下の罰金(15条1項、3条1項1号) | 2年以下の懲役又は100万円以下の罰金(16条1項) |
埼玉県(迷惑行為防止条例) | 6月以下の懲役又は50万円以下の罰金(12条2項1号、2条の2第2項) | 1年以下の懲役又は100万円以下の罰金(12条4項) |
千葉県(公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例) | 6月以下の懲役又は50万円以下の罰金(13条の2第1項2号、3条の2第2号) | 1年以下の懲役又は100万円以下の罰金(13条の2第2項2号) |
2、不同意わいせつ罪、不同意性交等罪(刑法176条、177条)
相手の身体を押さえつけ、下着の中に手を入れて、相手の陰部を直接触るといった悪質な痴漢行為の場合には、不同意わいせつ罪(刑法176条・旧強制わいせつ罪)に当たる可能性があります。また、痴漢行為の際に被害者の陰部に指を挿入した場合には、不同意性交等罪(刑法177条・旧強制性交等罪)に当たる可能性があります。不同意わいせつ罪や不同意性交等罪は、以下のように規定されています。
刑法第176条1項 不同意わいせつ罪
次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、6月以上10年以下の拘禁刑に処する。
一 暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
二 心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
三 アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
四 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
五 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
六 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
七 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
八 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。第177条 不同意性交等罪
前条第1項各号に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、性交、肛門性交、口腔性交又は膣若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの(以下この条及び第179条第2項において「性交等」という。)をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、5年以上の有期拘禁刑に処する。
痴漢行為を行い、迷惑行為防止条例違反とされるか、不同意わいせつ罪や不同意性交等罪とされるかの判断は、事案によって異なります。
従前の強制わいせつであれば、相手の身体を押さえつけたなどの暴行がある場合や、下着の中に手を入れて陰部を触るなどのわいせつ行為を行った場合には、強制わいせつ罪が成立する方向に傾きやすくなっていました。つまり、暴行・脅迫の有無、わいせつ行為の悪質性などにより、迷惑行為防止条例違反と強制わいせつ罪のいずれで処罰されるかが重要であったわけです。
しかし、令和5年に新設された不同意わいせつ罪や不同意性交等罪では、同意の有無や暴行・脅迫の有無が要件でなくなったことで、強制的であったかどうかや暴行・脅迫があったかどうかといった問題が重要な点ではなくなりました。痴漢という行為の性質上、被害者への許可をとることはほとんどないため、刑法176条1項の5号「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。」の要件を満たす可能性が高くなりました。
つまり、痴漢行為の態様によっては不同意わいせつまたは不同意性交で立件される可能性が高まっている傾向にあると言えます。
不同意わいせつ罪の罰則は、「6月以上10年以下の拘禁刑」、不同意性交等罪の罰則は「5年以上の有期拘禁刑」と規定されており、いずれも罰金刑の規定はありません。したがって、不同意わいせつ罪や不同意性交等罪で起訴されることになれば、公開の法廷による裁判が開かれることになります。有罪判決となれば懲役刑が科せられます。
このように、痴漢と言っても、その態様如何では、非常に重い不同意わいせつ罪や不同意性交等罪として処断されることがあるのです。
痴漢事件における逮捕の種類
痴漢事件では、その場で被害者や目撃者に声をかけられる等して、その後駅員さんや警察官らがかけつけ、そのまま現行犯逮捕されることが多い類型です。
仮に、痴漢事件を起こしたその場では現行犯逮捕されなかった場合や、犯人が逃亡したため誰であるのかが分からなかった場合であっても、被害者や目撃者が後から警察に被害申告をし、その証言をもとに、警察が駅のホームや電車内の防犯カメラの映像を捜査したり、駅の改札を通過したICカードの履歴を解析したりすることで、犯人に関する証拠を集め、後日、突然警察から逮捕されたり、呼び出しの連絡が来たりすることもあります。
いずれにせよ、被害者との示談交渉は本人ではできないので、示談を希望する場合には弁護士に相談する必要性が高くなります。
現行犯逮捕
現行犯逮捕とは、痴漢事件が発生した場合に、被害者や第三者が犯人による犯行を現認し、事件発生直後に犯行現場付近で逮捕することを指します。現行犯逮捕の場合、一般人であっても逮捕することができるため、被害者や目撃者が犯人の手を掴んで取り押さえて警察官に引き渡すことが実務上見られます。
痴漢をしてしまい、駅員室、警察署まで連れていかれひととおり事情聴取を終えた後「また後日呼び出すので、来てください」と帰されることもあります。その場合は逮捕されずに、在宅で捜査が続くことになります。
通常逮捕(後日逮捕)
通常逮捕とは、事件当日は、犯人が犯行直後に逃亡したため犯人が誰であるかが不明であったが、犯行現場付近の防犯カメラ映像、現場付近に残された遺留品などから犯人が浮上して、裁判官が発付した逮捕状に基づいて被疑者を逮捕することを指します。
痴漢で逮捕されたらどうなるのか
では、痴漢で逮捕された場合、どのような手続きとなるのでしょうか。
痴漢事件で逮捕された場合には、まず、警察から弁解録取手続(刑事訴訟法203条1項)や取調べを受けることになります。そして、逮捕者の身柄は、逮捕後48時間以内に警察署から検察庁に送致されます。検察官が引き続き身体拘束をする必要があると判断した場合には、検察庁に送致されたときから24時間以内に、裁判所に対して勾留請求がされます。この間の最大72時間の間は、基本的には家族であっても面会することはできませんが、弁護士であれば面会することができます。
その後、裁判所によって検察官の勾留請求が認められ、勾留決定がなされると、最長20日間にわたる勾留がなされます。最長20日間も身体拘束を受けることになれば、会社や学校に行けなくなるなど、日常的な不利益が大きいため、その後の生活にも大きな影響を与えます。
痴漢で家族が逮捕されてしまったら何をすべきか
痴漢で逮捕された直後はご家族などの面会は事実上制限されることが多く、逮捕されて2・3日経ってようやく面会できるようになります。
その間、ご家族は痴漢事件の詳細もわからず、本当に痴漢をしたのか、それとも冤罪なのかなど不安なまま何もできないで時間が過ぎていくだけです。
しかし、弁護士であれば、警察官などの立会人なしで即座に痴漢で逮捕された方と接見することができます。時間の制約は原則ありません。ですから直接本人から痴漢の容疑を受けている事件の経緯や逮捕された経緯などを聞くことができます。
また、警察や検察官と面会するなどして痴漢容疑に関するできる限りの情報を収集でき、的確かつ迅速に状況を把握することができます。
ご家族が逮捕され、前科がつくことや職場へばれたくないという希望がある場合には、早急に弁護士に相談する必要があります。
痴漢で逮捕された場合に弁護士が必要な4つの理由
痴漢で逮捕されると弁護士をつけたほうが良いと言われますが、実際に弁護士をつける必要性や、早期解決のために弁護士ができることや不起訴の重要性について解説します。
①身柄解放活動ができる
逮捕後、検察官は被疑者を勾留して捜査をしなければ、被疑者が罪証隠滅又は逃亡に及ぶおそれがあると判断した場合は、裁判所に対して勾留を認めるように請求します。そして、裁判所は、被疑者を勾留して捜査をしなければ、被疑者が罪証隠滅及び又は逃亡に及ぶおそれがあると判断した場合は、勾留決定をします。
被疑者に身柄引受人が存在すること、定職に就いていること、生活環境が安定していることなどは罪証隠滅及び逃亡に及ぶおそれを否定する事情に働きますが、身柄拘束下にあっては身柄引受人の調整、勤務先の調整は困難となります。そこで、弁護人がこれらの関係者の協力を求めて生活環境の調整を行うことで、検察官、裁判官に対して勾留の必要性がないことを主張し、早期の身柄解放活動に取り組むことができます。
中村国際刑事法律事務所では、痴漢事件の依頼を受けた場合、その当日に接見先行として弁護士が、ご本人が逮捕・留置されている警察署に急行し、上記のような接見をします。そこで、代表弁護士と協議の上、痴漢事件についての弁護方針を打ち立て、即座に痴漢で逮捕された方の身柄解放活動に入ります。
具体的には、痴漢で逮捕された方の家族の方に身柄引受書を作成していただき、痴漢の容疑を掛けられているご本人に対して痴漢被害に遭われた方と決して接触しないよう指導をし、検察官への意見書を作成し、これを提出し、検察官を説得して、痴漢で逮捕された方の身柄解放を試みます。この時点で、痴漢に強い刑事弁護士がついているかいないかで、かなり結論が分かれてきます。痴漢に強い刑事弁護士が就いていれば、検事とも面会や電話交渉等で痴漢を行った背景事情や家庭環境等に関する意見交換ができる上、身柄引受人の確保など、釈放に必須の環境整備ができるのです。
それにもかかわらず、検察官が痴漢事件について勾留請求した場合には、痴漢に強い刑事弁護士は、今度は裁判官を説得します。裁判官は中立公正な立場から判断するので、検察官の勾留請求を却下してご本人を釈放してくれることがあります。昔は、検事が勾留請求すればそのほとんどについて勾留決定がなされましたが、最近は勾留を却下するケースも増えています。
痴漢に強い刑事弁護士が就いていれば、検事とは違った事件や被疑者の人柄の見方を裁判官に伝えることができますし、罪証湮滅の恐れや逃亡のおそれについて、検事とは違った評価・解釈により、裁判官により説得的に伝えることもできます。そこで、勾留却下となる可能性が出てくるわけです。それでも、裁判官によって勾留が決定された場合には、ケースによっては準抗告や特別抗告といった不服申立てを行って、最後まで諦めずに身柄解放活動に従事します。弁護士への依頼が捜査段階の早い時期であればあるほど、弁護活動できる選択肢が多く、事案に即した効果的な弁護活動が可能となります。
②示談交渉ができる
痴漢は不同意わいせつ又は都道府県迷惑防止条例に違反する犯罪行為です。
被害者との間で示談が成立しなかった場合、初犯であっても、罰金刑が科せられる可能性が高く、その場合は罰金前科として残ってしまいます。そこで、弁護人を選任したうえで、被害者に対して誠意を尽くす必要があります。
③会社を解雇されるリスクの軽減や失職回避活動ができる
勾留決定がなされると、最大で20日間身柄が拘束され、その間欠勤せざるを得ないこととなります。多くの会社では就業規則上に解雇事由として欠勤が継続していることが規定されています。そのため、早期の身柄解放が実現されなければ会社から解雇を言い渡される可能性があります。
また、国家資格を有する方が痴漢で逮捕され、その後に示談をせずに起訴されて罰金刑などの前科が付いた場合には、その資格に関する法律の定めに従って懲戒処分を受ける可能性があります。
例えば、医師については、医師法7条1項、4条3号により、罰金以上の刑に処せられた場合には戒告、3年以上の医業の停止または免許の取消しの処分を受ける可能性があります。
地方公務員の場合には、実刑に処せられると資格を失い失職することとなり、執行猶予が付いたとしても執行猶予期間が満了するまで資格を失います(地方公務員法38条)。罰金刑であったとしても、「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合(同82条)に該当するとして免職、停職、減給又は戒告の処分を受ける可能性があります。
このように、国家資格を有する方に前科が付くと、懲戒処分によって大きな不利益を受ける可能性があります。そのような不利益を避けるためにも、早期の不起訴処分を獲得するために弁護士の力が必要です。
④実名報道対策
痴漢行為により逮捕された場合、事件の内容、被疑者の身分によってはインターネット、テレビによって実名で報道されることがあります。実名報道がなされるケースとしては、被疑者が公務員、鉄道関係従事者、教育関係従事者などの公益性が高い場合のほか、上場企業勤務の会社員、医師、弁護士、司法書士などの専門職については実名報道の可能性が高いといえます。
万が一報道されてしまった場合、ネットニュース記事の削除依頼を弁護士が承るのでご相談ください。
痴漢事件の解決実績
当事務所での痴漢事件での解決実績を一部ご紹介いたします。
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いかがでしたでしょうか。罪名が痴漢であって、刑法犯ではなく条例違反に過ぎない場合にも、「逮捕」という現実はそれまでの社会生活に大きな影を投げ落とします。ご家族が痴漢事件で逮捕されてしまった場合には、なるべく早い段階で弁護士にご相談ください。逮捕されてから勾留決定がされるまでには、最大72時間という厳格な時間制限があり、この中で、身体拘束からの解放を目指すためには、迅速な弁護活動が要求されます。また、残念ながら勾留決定がされてしまった場合でも、被害者との間で示談を成立させることで、勾留満期前の釈放を目指した弁護活動をすることができます。
パートナー弁護士からのご挨拶
ここまで記事をお読みいただき、ありがとうございます。
今、このページをご覧になっている方の多くは、突然の刑事事件という緊急事態に直面し、大きな不安を感じているのではないでしょうか。
痴漢事件で「逮捕されるのか?」「今後どうなるのか?」と、先の見えない状況に戸惑うこともあるかもしれません。しかし、弁護士に相談し、正しい情報を得て、明確な見通しを知ることで、その不安を少しでも軽くすることができます。
弁護士に相談することで、今の状況を冷静に整理し、今後の見通しを明確にすることができます。私たちは、皆様が少しでも安心できるよう、全力でサポートいたします。