被害者のいる刑事事件ですと、「示談」という言葉がすぐに浮かんでくるのではないでしょうか。近年、厳罰化が進んでいる児童に対する犯罪ですが、児童買春で捜査をされている場合にも示談することに意味があるのでしょうか。また、弁護士に依頼せずに有効な示談はできるのでしょうか。
以下、児童買春の示談に関する疑問を刑事事件に強い弁護士・坂本一誠が解説いたします。
児童買春とは
まずは、犯罪そのものについて基本的な事項を説明いたします。
児童買春の罪は、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」(以下「児童買春・児童ポルノ処罰法」といいます。)に定められています。
この法律の保護法益は、児童の権利及び将来にわたって児童に対する性的搾取ないし性的虐待を防止する社会的法益と考えられています(児童買春・児童ポルノ処罰法第1条、東京高裁平成29年1月24日判決)。児童買春の刑事罰は、5年以下の懲役又は300万円以下の罰金となっています(児童買春・児童ポルノ処罰法第4条)。
「児童」とは、18歳に満たない者をいい(児童買春・児童ポルノ処罰法第2条)、18歳未満の男女いずれも含まれます。
「児童買春」とは、対償を供与し、又はその供与の約束をして、児童に対し性交等をすることをいいます。
対償を供与する相手は当該児童に限られず、当該児童に対する性交等の斡旋をした者や当該児童の保護者又は当該児童をその支配下に置いている者に対象を供与して当該児童に対し性交等をした場合にも児童買春罪が成立します(児童買春・児童ポルノ処罰法第2条2項)。
「対償」とは、児童が性交等をすることに対して給付する経済的対価であれば足り、金銭であるか、物であるか、はたまた、サービスであるかは問いません。
「性交等」とは、性交若しくは性交類似行為をし、又は自己の性的好奇心を満たす目的で、児童の性器等を触り、若しくは児童に自己の性器等を触らせることをいいます(児童買春・児童ポルノ処罰法第2条2項柱書)。したがって、買春という言葉からは金品を支払って性交することを想像されるかもしれませんが、性交をしなくても、対償を供与して児童の性器を触り、あるいは、児童に自己の性器を触らせれば、児童買春罪が成立することに注意が必要です。「性交類似行為」とは、手淫・口淫行為等、性交と同視し得る態様での性的な行為のことをいいます。
なお、対償の供与なく、18歳未満と性交又は性交類似行為を行った場合には、児童買春は成立しませんが、青少年育成条例違反として処罰され得ます。
児童買春に関連した別の犯罪
児童買春に関連する罪には、以下の6つがあります。それぞれについて解説します。
- 青少年健全育成条例違反(淫行条例違反)
- 児童福祉法違反(児童淫行罪)
- 出会い系サイト規制法違反
- 児童ポルノ所持罪・提供罪・製造罪
- 不同意わいせつ罪・不同意性交等罪
- 面会要求罪
青少年健全育成条例違反(淫行条例違反)
まずは、青少年健全育成条例違反が挙げられます。金銭や物品等の対償の供与がなくても、18歳未満の児童に対して性交又は性交類似行為を行えば、青少年健全育成条例違反が成立する可能性があります。児童買春罪との違いは、対償の供与の有無にあります。
青少年健全育成条例違反の罰則は自治体によって異なります。東京都の場合は、2年以下の懲役又は100万円以下の罰金が科されます(東京都青少年の健全な育成に関する条例18条の6)。
児童福祉法違反(児童淫行罪)
児童買春に関連し、児童福祉法違反(児童淫行罪)があります。児童福祉法34条1項6号には、児童に淫行をさせる行為をしてはならないと規定されています。「淫行をさせる行為」とは、最高裁の判例によると、「直接たると間接たるとを問わず児童に対して事実上の影響力を及ぼして児童が淫行をなすことを助長し、促進する行為」をいいます。
対償の供与の有無にかかわらず、18歳未満の児童に対して強い影響力を及ぼし性行為をした場合、児童淫行罪が成立する可能性があります。教師が自分の立場を利用して生徒と性交した場合が典型的なケースです。児童淫行罪の罰則は、10年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金またはその両方です(同法60条1項)。
出会い系サイト規制法違反
出会い系サイト規制法違反というものがあります。これは、掲示板やアプリを含む出会い系サイトで、児童を性交等の相手になるように誘引すること、児童ではない人を児童との性交等の相手方となるように誘引すること等の行為を行うと出会い系サイト規制法違反が成立する可能性があります。(インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律6条)。出会い系サイト規制法違反の罰則は、100万円以下の罰金(第6条5号を除く)です(同法33条)。
児童ポルノ所持罪・提供罪・製造罪
児童買春に関連し、児童ポルノ所持罪・提供罪・製造罪が挙げられます。「児童ポルノ」とは、児童との性交又は性交類似行為、児童が性器を触る又は触られる行為で性欲を興奮させ又は刺激するもの等を記録した写真や動画などのことをいいます(児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律2条3項)。
この児童ポルノを性的な好奇心を満たすために所持したり、第三者に提供したり、第三者に提供するために製造・運搬・所持もしくは保管していた場合に、児童ポルノ所持罪・提供罪・製造罪が成立する可能性があります(同法7条1項から3項)。
所持罪の罰則は1年以下の懲役または100万円以下の罰金、提供罪と製造罪の場合は3年以下の懲役又は300万円以下の罰金が科せられます。
不同意わいせつ罪・不同意性交等罪
児童買春に関連して、不同意わいせつ罪・不同意性交等罪が該当する場合もあります。暴行又は脅迫等の手段を用いて、同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為・性交等を行うと、不同意わいせつ罪・不同意性交等罪が成立する可能性があります。
相手方が16歳未満、もしくは相手方が13歳以上16歳未満で行為者が5歳以上年上である場合は、上記のような状態にさせたか否かにかかわらず、わいせつ行為・性交等を行えば同罪が成立します(刑法176条、177条)。
不同意わいせつ罪の罰則は6月以上10年以下の拘禁刑、不同意性交等罪の場合は5年以上の有期拘禁刑が科せられます(同条)。
面会要求罪
令和5年の刑法改正により、面会要求罪が新設されました。面会要求罪とは、わいせつ目的で、16歳未満の者に対し、①威迫し、偽計を用い又は誘惑して面会を要求すること、②拒まれたにもかかわらず反復して面会を要求すること、③金銭その他の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をして面会を要求することをいいます(刑法182条)。法定刑は、1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金とされています。
示談とは
示談は誰の何のための手続きなのでしょうか。示談とは、被害者がいる犯罪において、被害者に示談金を支払うことにより、民事的、刑事的な解決を目指すものです。そのため示談書の作成は必須ではありません。
しかし、後から合意内容に相違が生まれないように、金額や合意内容、宥恕文言があれば宥恕文言を記した示談書を当事者分作成し、署名押印により締結することが一般的です。示談をするメリットは大きく分けて2つあります。
①刑事処分に対する影響と②民事紛争の解決です。では、それぞれ説明します。
①刑事処分に対する影響
被害者と示談が成立すれば、捜査段階であれば不起訴処分、公判段階であれば執行猶予付き判決又は減刑された判決が得られる可能性があります。また、逮捕、勾留されている場合は身柄解放される可能性もあります。示談書の内容は当事者間のみを拘束するため、検察官や裁判官の判断を拘束することはありませんが、示談が成立しているという事情は刑事処分において重要な判断要素となります。
②民事紛争の解決
被害者がいる刑事事件においては、刑事手続きとは別で、被害者から損害賠償請求や慰謝料請求される可能性があります。示談によって、これらの民事紛争を事前に解決しておくことができます。
児童買春で示談をする必要があるか
児童買春も相手がいる犯罪ですので、やはり示談をすることは検討すべきです。
しかしながら、被害者が成人の場合における示談とはその効果に差がありますので、示談に当たってはその点に注意しなければなりません。
というのも、たとえば同じ性犯罪の事案であっても、成人の被害者と示談をすれば不起訴になる可能性が高いといえますが、児童買春の場合は、示談をしたからといって不起訴になる可能性が高いとはいえません。
それは、前述のとおり、児童買春・児童ポルノ処罰法の保護法益には児童の個人の権利のみならず、将来にわたって児童に対する性的搾取ないし性的虐待を防止するという児童一般のための社会的法益も含まれていると解されているからです。すなわち、被害者である当該児童との間で示談が成立した場合に、当該児童個人の権利との関係では手当てがされているとは言えても、その示談の事実のみでは将来にわたって社会一般の児童に対する性的搾取ないし性的虐待を防止することまではできないとして、社会的法益の観点から、なお、処罰すべきと判断する検察官もいるのです。
ただ、示談交渉が必ずしも無駄というわけではありません。
まず、児童買春の場合、被害者との間で示談が成立しても、それをもって不起訴になる可能性が高いとまではいえませんが、逆に、示談が成立していない状態ですと、不起訴になる可能性はゼロに近いです(不起訴になるとしたら、嫌疑不十分と判断される場合に限られるでしょう)。ですので、認め事件において、不起訴の可能性を少しでも上げたいというのであれば、示談はなお必須というべきです。
また、児童買春で逮捕され、身柄拘束をされていた場合は、被害者との間で示談が成立することで身柄解放される可能性が高くなります。
その他にも性的虐待を受けた被害者に対し真摯に謝罪し、相応の慰謝料等を支払うという姿勢があることは、量刑にも影響を与えるといえます。
児童買春の示談交渉の流れ
基本的に、捜査機関は被害者である児童やその家族の連絡先を、被疑者本人には教えてはくれませんので、被害者側と示談を希望する場合には、弁護士を立てることが必要です。弁護士を立てなければ、示談交渉の土俵にすら立てないのが現実なのです。
もちろん、示談は相手がいる話ですので、弁護士を立てからと言って、必ず示談ができるというわけではありません。
一般的な弁護士による示談交渉の流れは以下のとおりです。
- 弁護士が、捜査機関に、被害者に示談の申入れをしたい旨伝えます。
- 捜査機関は、被害者に対し、加害者の弁護士が示談の申入れのため、直接連絡をして話したいと言っている旨伝え、弁護士に連絡先を教えてよいか尋ねます。
- 被害者がこれを了承した場合には、捜査機関が弁護士に被害者の連絡先を教えます。
- 弁護士が被害者に連絡し、示談の申入れをします。
②の後、被害者がこれを了承しなかった場合には、ひとまず被害者との示談交渉はできないことになります。
もっとも、被害者も時間の経過により示談に対する気持ちが変わることがそれなりにありますので、数週間置いて改めて捜査機関から被害者に対し示談交渉についての意向確認をしてもらうことはあります。それでも被害者が気持ちを変えない場合には、贖罪寄付等他の対策をとることになります。
児童買春事件の「被害者」
ところで、児童買春の場合には、被害者が未成年者です。
未成年者は基本的に単独で有効な法律行為をすることはできませんので(民法第5条1項本文)、児童買春における示談の交渉相手は、基本的に被害者である児童の法定代理人に当たる親になります(民法第818条1項)。
したがって、児童買春においては上記②~④にいう「被害者」とは、厳密にいうと、「被害者の親」ということになります。
児童買春の示談金の相場
では、示談金の相場はどのくらいでしょうか。
示談の交渉相手は児童の親となりますので、場合によっては親の処罰感情が峻烈であることがあります。その場合には、それだけ示談金の額も上がることが多いです。
もっとも、通常の児童買春のケースでは、児童側が合意の上行為に応じているという性質から児童側に全く非がないとは言えないため、30万円から50万円程度で示談が成立することが多いです。
性交等に加えて、その様子を撮影する等、児童ポルノの製造もしていた場合には、より示談金額が上がるでしょう。
児童買春の示談で弁護士が必要な理由
前述のとおり、示談交渉には事実上、弁護士が不可欠となります。捜査機関との交渉や被害児童や被害者家族との交渉も、法律のエキスパートにまかせることで、ご自身やご家族の安心に代わることは間違いないでしょう。
なお、児童買春を複数回敢行しているケースですと、逮捕され、さらに勾留満期日に起訴される可能性がありますので、早期の身柄解放の観点からも、早期の示談成立を目指すべく弁護士への依頼は急いだ方がよいです。
児童買春では、初犯だったとしても、示談の成否にかかわらず罰金となる可能性が一般的に高いですが、前述したとおり、示談なしでは不起訴はほとんど望めません。児童買春や青少年育成条例違反等同様の前科がある場合には、略式罰金とはならず、公判請求される可能性も出てきます。
略式罰金はその名のとおり、略式の裁判手続で、書面の手続のみで罰金が科されるものです。これに対し、公判とは、公開の法廷の場で行われる正式な裁判手続きのことをいいます。ですので、事件が人に知られることを防ぐためには、起訴が回避できない場合であっても、できる限り公判請求ではなく略式罰金にしてもらいたいものです。
このような場合にもやはり示談は大きな意味を持ってきますので、弁護士に依頼するのがよいでしょう。
児童買春事案で示談が成立した事例
当事務所にて、児童買春事案で示談が成立した事例をご紹介します。
まとめ
いかがでしたでしょうか。児童買春における示談と、成人に対する性犯罪における示談の持つ意味の違いがお分かりいただけたかと思います。
いずれにせよ、よりよい処分結果を目指すためには児童買春においても示談は必要です。児童買春で示談をご希望の場合には弁護士にご依頼ください。