訴訟能力欠如の鑑定結果を示し公訴棄却
コンビニ内で見かけた女性に対し、右手で着衣のうえから臀部を触ったという痴漢(否認)事件です。依頼者である被告人は統合失調症を患っていました。これまでに器物損壊や条例違反で5件の前歴があり、いずれも不起訴になっていました。
この事件は、被告人が統合失調症に罹患していたため、責任能力が争点となりました。
また、精神鑑定の結果、被告人が宗教団体に拉致されたという妄想があり、刑事裁判を理解していない可能性が生じ、訴訟能力も争点となりました。
まず、弁護人は、統合失調症を理由として責任能力を争うために鑑定請求を行いました。
鑑定の結果、被告人に自身が刑事裁判の当事者であるという認識がなく、強い妄想の影響下にある可能性があるとの見解が鑑定医により示されました。
弁護人において、統合失調症の重症度や治癒の可能性について綿密にリサーチをした上で、鑑定人尋問で被告人の統合失調症が重度であること、治療による回復が極めて困難であることを明らかにしました。
結果、訴訟能力の欠如を理由として公判停止が決定がなされ、約1年後に訴訟能力の回復の見込みがないとして公訴棄却判決に至りました。
事件のポイント
本件は、訴訟能力がないとして公訴棄却となった稀有な事例です。過去の5回の不起訴前歴が、責任能力欠如によるものであったか不明ですが、本件において仮に検事が責任能力に問題なしとして起訴したとしても、起訴後に統合失調症が悪化して、訴訟能力が問題となるケースはあります。
このような場合、その問題に気づくのは弁護士だけですので、起訴後も接見を重ねて精神疾患に問題がないかウォッチすることが大切です。
弁護士がこれを見逃していたら、裁判所も争点に気づくことなく有罪判決を出していたと思われます。
なお、弁護士が勾留中の被告人の病状を把握することが極めて重要ですが、裁判例で、東京拘置所に勾留された被告人が収容中に受けた治療のカルテ開示を求めたのに拒絶された事例で、東京高裁は、不開示は違法として33万円の損害賠償の支払いを国に命じました(出典: 日本経済新聞2022年4月9日夕刊)。
執筆者: 代表弁護士 中村勉