審判に向けた明確な指導や再犯予防策を徹底し保護観察処分
当時高校2年生だった少年が、登校の際に利用していた電車において、着衣の上から女子高校生のお尻等を触ったという痴漢事件で保護観察処分となりました。
今回の事案では、約30分を超える間、痴漢行為を続けており、犯行態様が悪質だったこともあり、その場で逮捕され、検察官送致と同日に家庭裁判所に送致され、観護措置決定が下されることになりました。
少年には非行歴は認められないものの、同じ被害者に対して、本件以前にも複数回痴漢行為に及んでいたこともあり、犯行態様が悪質であるうえ、常習的に痴漢行為に及んでいたことから、本人の更生の為にも、審判不開始ではなく、不処分をターゲットとし弁護活動を行いました。
また、受験勉強との兼ね合いもあるため、警察や裁判所による学校への通知を回避し、早期釈放を目指す方針で活動しました。
学校連絡の回避
本件は身柄事件であったものの、本職らが弁護人として選任された段階で、学校への連絡がなされていませんでした。
そこで、少年及び少年の家族作成にかかる誓約書を添付し、学校への連絡が為されると退学処分が免れないこと等の事情を説明したうえで、学校への連絡回避を求める意見書を警察署宛に提出したところ、警察官から学校へ連絡がなされることはありませんでした。
示談活動
警察官及び検察官に被害者の連絡先情報の開示を求めたものの応じていただけませんでした。
そこで、事件記録から被害者の連絡先を調べ、被害者の実父と面会を取り付ける事はできましたが、示談に応じる意思がないことを告げられ、示談交渉は決裂しました。
しかし、犯行後も被害者は元気に通学できていること及び慰謝料等の支払いを求めて民事訴訟を提起する意思もないと告げられたので、同内容を記載した示談経緯報告書を作成し、家庭裁判所裁判官宛に提出しました。
家庭裁判所に送致後の活動
犯行態様は悪質であるものの、非行歴もなく、家庭環境も整備されているため、鑑別の必要はなく、少年の更生の為に早期の身柄釈放を目指すこととしました。まず、少年の両親作成に係る身柄引受書及び上申書を添付した「観護措置決定の回避を求める意見書」を裁判官に提出しました。
また、少年が被害者と偶然遭遇することがないように、電車に乗車する時間を短縮して少年の再犯を防ぐために、少年の学校近くに引越すように指示し、新しい居住地の賃貸契約書等も、併せて裁判官に提出しました。
それでも、観護措置決定がなされてしまったため、直ちに少年と鑑別所で面会した際の様子についての報告書添付し、観護措置決定に対する異議申し立てをしました。
結局、異議申し立ても斥けられてしまいましたが、付添人が家庭環境や本人の反省態度等について、適宜裁判官に報告したこともあり、審判期日前に観護措置決定の取り消しを得て、少年の身柄は解放されました。
審判期日での活動
審判期日においては、被害者の心情や、犯行を止められなかった原因などを中心に、少年に説明させ、鑑別所における活動や、その活動を通じて学んだこと等を供述するよう指導しました。
両親については、少年が犯行に及んだ動機や、再犯予防策、親子関係の改善等について、裁判官に説明してもらいました。
事件のポイントと日本の司法
本件は少年による性非行の中でも悪質な部類に属し、その中で最大限、少年の権利擁護や利益保護に努めた事案でした。
少年事件に限らず刑事事件では、被疑者の利益を第一に考えるというのが弁護士の務めと思います。一方で、世間の思いとしては、犯罪者に甘い、悪人の味方をしているという感情もあるでしょう。そこから弁護士の中には、被疑者の権利擁護に消極的な感情が混じり、弁護活動に影響が出てしまう先生もいます。
アメリカなどのアングロサクソン系の司法制度は、相対立する当事者、つまり検事と弁護士がそれぞれの利益のみを追求すれば、そこに「神の見えざる手」が働き予定調和的に正義が実現するという思想が根底にあります。ドイツの哲学者ヴィトゲンシュタインは半ば揶揄の気持ちを込めてこの英米のシステムを「司法における資本主義」と言いました。
日本の司法は必ずしも英米司法の土壌をそのまま移植できるものではありませんし、実際の実務も当事者主義というより、むしろ職権主義的色合いは強いように思います。例えば検事は被疑者を重く処罰するだけを考えるのではなく、その更生をも考えて公権力を行使します。
では、弁護士は被疑者権利擁護だけではなく社会的利益や真実にも忠実であるべきかというと、少し違うように思います。何故なら日本における弁護活動の力は、法制度的にも弁護士の意識としても圧倒的に弱いからです。それゆえ、弁護士はまず被疑者の利益のみを追求することが大切です。それが、被疑者に対する公権力によるスティグマ烙印を避け、社会復帰を助け、ひいては再犯防止、社会治安の維持に繋がるからです。
執筆者: 代表弁護士 中村勉