事案を見極め適した取調べ対応指示で執行猶予獲得
傷害の事例をご紹介します。
夫婦間の傷害事件で、最終的に起訴されるも執行猶予判決となった事例でした。
事案の内容は、夫の不倫が発覚し、離婚をほのめかされた妻が精神に不調をきたし、自宅にあった包丁で夫の首等を数回刺したものでした。対象者は「殺人未遂罪」で逮捕され(後に「傷害罪」として起訴)、被害者である夫から依頼を受け受任しました。夫が妻の処罰を全く求めていなかったことから、夫及び家族の嘆願書を複数用意することとしました。
対象者である妻は殺意を否認していましたが、事件当時は混乱しており、記憶が曖昧でした。捜査機関からの取調べに応じると、殺意があった旨の自白を迫られる可能性が高かったため、捜査段階では黙秘を指示しました。
黙秘を継続した結果、検察官は殺人未遂罪ではなく、軽い傷害罪で対象者を起訴しました。起訴翌日には保釈が認められ、対象者は自宅に戻ることができました。
公判においては、不倫を知ってから事件に至るまでの妻の思考過程・行動を詳細に被告人質問で語らせ、被害者である夫からも、事件数日前から妻の様子に違和感があり、犯行当時も妻が異常な状態であったことを語ってもらいました。また、両者から、一から夫婦関係を再構築したい旨の証言をしてもらいました。
弁論においては、犯行に至った経緯に同情の余地があること、犯行直前及び犯行時の妻の様子からして対象者が通常の精神状態ではなかったこと等を主張しました。
弁護活動の結果として、判決では犯行経緯に同情の余地があること、犯行当時は行動制御能力が低下していることが否定できず、責任非難の程度が減少しているなどとして、懲役2年の求刑に対し、懲役1年6月執行猶予4年の判決が言い渡されました。
事件のポイント
捜査における取調べに対し、黙秘を勧めるか供述を勧めるかは難しい問題です。
本件は、事案の重大性から、被疑者が捜査官に供述しても黙秘しても起訴される事案であり、また被害者との示談の成否によって起訴不起訴が決せられる事案でもないので、例えば、積極的に供述して起訴猶予を獲得出来る事案でありません。
検察官としても、被疑者が殺意を自白したからと言ってただ単にそれだけで殺人未遂で起訴する訳ではなく、結局、客観的な情況証拠で判断することになります。今回、検察官は傷害罪で起訴しましたが、黙秘されたのでそうせざるを得なかった訳ではないと思います。
そうすると、黙秘させ、誘導誤導による誤った取調べから被疑者を守ったのは正解でした。
執筆者: 代表弁護士 中村勉