殺人は、人が同じ人の生命を故意に断ち切るという究極の罪です。人の生命は、刑法により保護される利益のうち最も重要なものであることは言うまでもなく、殺人は、それを故意に奪う犯罪だからです。
ここでは、被害者の死という結果が生じているという事実関係を前提として、殺人(既遂)罪の成立を否定する可能性のある事情の主たるものと、それに向けて必要な弁護活動を弁護士・中村勉が解説いたします。
殺人罪とは
殺人を犯せば、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処せられます(刑法第199条)。そのような重罪ですから、その罪を犯せば、余程の事情がなければ逮捕・勾留されるのが普通でしょうし、その末に起訴され、保釈も許されないまま重罰に処せられても、それを不当と考える人はそういないと思います。小手先の弁護活動で身柄が早期に解放されるとか、執行猶予判決が得られると期待すべきではありません。
我が国の殺人罪は、行為態様等による類型を設けず、その法定刑は、上記のとおり、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役とされていて、殺人既遂罪でも酌量減軽(同法第66条)が得られれば、条文上、執行猶予付き判決を獲得できる可能性もあります。このように幅の広い法定刑が設けられているのは、当該単純殺人罪の個別具体的な態様、その他事情により、裁判で妥当な結論を得られるようにするためと考えられます。
したがって、殺人罪の弁護に当たっては、まずは殺人が重罪であることを受け止め、これを前提としなければいけない一方で、裁判で妥当な結論を得られるよう、当該行為の内容、その罪を犯したと疑われている人(以下、「被疑者・被告人」といいます)の事情等のうち、被疑者・被告人に有利な事情を余すところなく発掘し、証拠化して裁判に顕出していくことが重要となります。
殺人罪に関連する刑法の条文
まず、殺人罪に関連する刑法の条文をあげておきます。
刑法第199条(殺人)
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。
刑法第202条(自殺関与及び承諾殺人)
人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、6月以上7年以下の懲役又は禁錮に処する。
刑法第203条(未遂罪)
第199条及び前条の罪の未遂は、罰する。
刑法第43条(未遂減免)
犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。
刑法第204条(傷害)
人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。刑法第205条(傷害致死)
身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、3年以上の有期懲役に処する。刑法第208条(暴行)
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
殺人罪の弁護活動
自分は犯人ではない(冤罪)という場合
被疑者・被告人が真の犯人なのかどうかということは「犯人性」の問題と言われています。
犯人性がないことが明らかになれば、その事案がいかに悲惨で悪質な事案であったとしても、被疑者・被告人は犯人でなく、当然に無実ですので、その人が逮捕・勾留されていれば、その身柄拘束は直ちに解かれて不起訴処分とされるべきですし、裁判になったとしても無罪判決が得られて然るべきです。
もっとも、自分は犯人でないと主張するというひとことだけでは、上記のような結果を得られる可能性が低いことは自明です。警察・検察等の捜査機関も、世論の後押しその他の事情があるにせよ、捜査のプロですから、人に殺人罪という重罪で疑いをかけ、これを逮捕・勾留等をするには、それなりの捜査を遂げ、犯人性に関しても相当な証拠を収集し、捜査機関なりの有罪の「確信」を持って事件に臨んでいると考えられるからです。
その相当な証拠による犯人性の認定を覆し、無実であることを明らかにするには、上記のとおり「自分は無実だ」と供述し続けるだけでは足りません。
まずは、可能な限りその裏付けとなる事実関係・証拠関係、例えばいわゆるアリバイとその証拠を探し出し、これを捜査機関・裁判所に提示していかねばなりません。
ちなみに、検察官は、公益の代表者です(検察庁法第4条)から、事案の真相を明らかにするという刑事訴訟法の目的の一つ(同法第1条)を実現するために、場合によっては罪の立証に不利と思われる事項についても捜査を行うことがあります。また、犯人性に問題があるということは、捜査機関にとっては要するに「人違い」の冤罪を作り出すおそれがあり、そうなれば世論の厳しい批判にも晒される最も厭うべき事態ですから、当然に慎重に捜査を遂げるはずです。
そこで、調査すべき事柄によっては、検察官の懐に飛び込み、理を尽くして関連する捜査を依頼するという方法も検討する余地があります。
起訴されれば検察官から証拠が開示されますから、捜査機関が収集した「犯人性」に関する証拠を詳細に検討し、その問題点をえぐり出した上でこれを捜査機関及び裁判所に知らしめることが必要です。
国家権力による強制捜査の力を持たない弁護側の調査には自ずと限界があります。強大な捜査権限を持つ捜査機関と対峙するには、気の遠くなるような時間と労力がかかり、長く苦しい闘いを覚悟しなければなりませんが、それでも一つ一つ粘り強く地道な調査を続け、捜査機関側の主張に風穴を開けていかねばなりません。
死因に疑問がある場合
問題となっている行為をしたのは自分だが、被害者の死の結果はその行為から生じたものではないとの疑いがある場合
例えば、被害者を(殺意を持って)多数回殴打し、被害者が死に至ったが、自分が被害者を殴打する前に他人から暴行を受け、それが原因で死に至った疑いがあるとか、被害者に持病があって、それが原因で死に至った疑いがあるとかいった場合、要するに、被疑者・被告人の行為と被害者の死の結果との間の因果関係に疑問がある場合です。
あるご遺体につき、犯罪性があるか、または犯罪性が疑われる場合には司法解剖が行われ、法医学者である解剖医による鑑定書が作成されているはずです。この鑑定書は、起訴される前に弁護側に開示されることは通常ありません(刑事訴訟法第47条)が、起訴されて裁判になれば開示されるのが普通でしょうから、それを子細に検討して、検察側が主張する死因と被疑者・被告人の行為との因果関係が本当にあるのか否かを検討する必要がありますし、場合によっては、他の専門医等に意見を求めたり、裁判所に再鑑定を請求したりする必要がありましょう。
この場合は、被疑者・被告人の主張が認められても、例えば上記の例では、被害者を(殺意を持って)殴打した事実は存在する訳ですから、その行為が人を死に至らしめる危険がある行為である限り殺人未遂罪が成立し(実務上、暴行又は傷害で処理されることがあるかもしれません)、全面的な無罪とはなりません。
蛇足ながら、上記のように行為と死の結果との間に因果関係が認められない場合ではなく、殺害行為を実行したが結果的に被害者が死に至らなかった場合にも殺人未遂罪が成立します(むしろその方が殺人未遂罪として典型的かもしれません)が、そのような類型の殺人未遂罪と殺人既遂罪とを比べると、その証拠構造には大きな違いあります。
というのは、殺人未遂罪では被害者が通常は生存しており、供述等が可能であれば、現に被害を受けた者の供述等として重要な証拠になり得る一方、殺人既遂罪では、被害者が亡くなっているのですから(当初は意識があったが後ほど亡くなったという場合もありますが)、典型的には被害者の供述等の証拠は存在しないからです。
被害者が亡くなっているからといって、被疑者・被告人側として何を言ってもいいとか、何を言っても通るとか思っていただくと困りますが、上記のような典型的な殺人未遂罪と殺人既遂罪とでは弁護方針が全く異なってくる可能性があるということは言えます。
殺意を否認する場合の弁護
問題となっている行為をしたのは自分だが、相手方を殺すつもりはなかった場合
殺人罪は、故意犯ですから、当然のことながら、殺人の故意、すなわち人を殺す意思(殺意)があることがその成立要件です(刑法第38条 罪を犯す意思がない行為は、罰しない)。
この殺意を否認する場合、すなわち、被害者を多数回殴打し、被害者が死に至ったという上記で述べた例で言えば、具体的には「自分が殴ったことは事実だが、殺すつもりはなかった」という弁解をすることになりましょうが、その弁解が成り立てば、殺人既遂罪は成立しません。
ただし、殴った事実は消えないので、その殴った行為により被害者が死に至ったのであれば殺人罪でなく傷害致死罪に問われることになります。
殺意とは、殺人罪の構成要件事実、つまり、相手が生きている人であり、自分の行為によりその人が死亡する結果となること又はそのおそれがあることを認識・認容しつつ当該行為に及ぶことです。その認識が確定的な場合(確定的故意)だけでなく、死の結果が生じても構わないといった未必的なもの(未必の故意)でも故意に欠けるところはないとされています。
ちなみに、殺意の否認は、殺人の計画性の否認(例えば「最初から殺そうと思っていたわけでない」と主張する場合)とは異なります。
故意は被疑者・被告人の内心の問題ではあります。内心など自分にしか分からないのだから、「自分は相手を殺す気はなかった」と言い続けさえすれば、殺意がないことになるかと言えば、そうではありません。内心は、その人にしか分からないことはそのとおりなのですが、だからこそ逆に、故意があるか否かは、その当人の供述だけからでなく、客観的な事情、つまり、動機ないし当該行為に至る経緯・事情、行為態様・強度・回数、凶器の有無・形状・性質・使用方法・使用された方向、創傷があるならその部位・程度、被疑者・被告人の犯行前後の言動等を総合的に勘案して判断されます。
殺意の有無を争うには、被疑者・被告人の供述のほか、上記のような殺意に関わる事情を事案に応じて全て洗い出して一つ一つ検討し、故意を否定する証拠を地道に収集し、捜査機関・裁判所に顕出していくことが必要でしょう。
殺害行為はしたが、自殺の教唆若しくは幇助であった場合、又は被害者に頼まれて殺した場合
この場合は、刑法第199条の(通常)殺人罪(死刑又は無期若しくは5年以上の懲役)ではなく、同胞202条の自殺関与罪又は承諾殺人罪となり、6月以上7年以下の懲役又は禁錮に処せられることとなり、その罪が軽減されます。
この場合も、被疑者・被告人の供述だけでなく、被害者が自殺しようとしていたこと又は殺されることを承諾していたことを客観的に裏付ける事情・証拠を収集・顕出することが必要です。
正当防衛で殺人をしてしまった場合
正当行為とは、法令又は正当な業務による行為のことであり、処罰されません(刑法第35条)。
正当防衛とは、急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為のことであり、処罰されません(同法第36条1項)。また、防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができるとされています(同条2項)。
緊急避難とは、自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為のことであり、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しないとされ(同法第37条1項)、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができるとされています(同条但書)。
ただし、この規定は、業務上特別の義務がある者には、適用されません(同条2項)。違法性がない、あるいは少ないとして、犯罪を不成立とし、あるいは刑を減免する規定です。事実関係を精査し、被疑者・被告人の弁解に沿う事実関係とその証拠を発見・収集し(正当行為にあっては、法令・業務内容を詳細に検討するのは当然です)、捜査機関・裁判所に顕出していくことが重要です。
行為者の責任能力が問題となる場合
刑法第39条は、心神喪失者の行為は罰しない(同条1項)とし、心神耗弱者の行為はその刑を減軽する(同条2項)としています。
心神喪失とは「精神の障害により事物の理非善悪を弁識する能力なく又はこの弁識に従って行動する能力のない状態」を指し、心神耗弱とはその能力が著しく減退した状態を指すとされています(大審院昭和6年12月3日判決)。
行為者の責任能力が問題になる場合、起訴前に精神鑑定が行われ、精神科医による鑑定書が作成されていることが多いので、その検討、当該精神科医の証人尋問、場合によっては裁判所に対する再鑑定の請求等が必要になってきます。
まとめ
殺人罪に問われたときの弁護方針、これに基づく弁護活動は、上記のとおり、事案の内容、被疑者・被告人の弁解状況等により大きく異なってきます。
犯人性等無罪を争う場合はともかく、そうでなく傷害致死など別の犯罪が成立する場合は、被害者のご遺族との示談その他の慰謝の措置を講ずべきときもあります。人の死という究極の結果が生じているのですから、ご遺族の被害感情・処罰感情が峻烈な場合が多く、困難な示談交渉が容易に予測され、示談金等の条件も厳しくなります。それでも誠意を持って粘り強く交渉し、少しでも慰謝の措置が採れれば、有利な情状として斟酌されることもあります。
上記のとおり、殺人を疑われた場合の弁護方針・弁護活動は、事案や被疑者・被告人の弁解に応じて大きな幅がある上、その場面に応じて臨機応変に適切な方針を採る必要が生じる場合もあり、その選定・活動には多くの場合専門的で難しい判断を要します。
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