サマーアソシエイト 参加者感想文 T.Sさん(2017年)(慶應ロー卒業)
参加動機
私がNICDのサマーアソシエイトプログラムに参加を希望したのは、NICDの掲げる「戦車対戦車の刑事弁護」という理念に強く関心を引かれたからです。
以前ある裁判員裁判を傍聴した際、検察側はパワーポイントで写真や表などを用いて、裁判官や裁判員の視覚に訴えかける弁論を展開するのに対し、弁護側は一人でぼそぼそと書面を読むだけという粗末な弁論をしていました。まさに中村先生のいう「戦車対竹槍」状態を目の当たりにし、有罪率99%を誇る検察相手に、一般の弁護士が勝利を収めることは困難に思えました。
また、多くの弁護士事務所では、刑事事件に熱心に取り組もうと思っても、一見のお客さんばかりで、継続的な収益に繋がらないことからやむなく民事事件に取り組まざるを得ないという状態にあります。加えて、弁護士数の増加に伴い国選の案件は各事務所、各弁護士による奪い合いとなっており、刑事事件を受任しにくい状況にあります。そのため刑事事件を専門にする弁護士の絶対数は非常に少ないと思います。そうした状況では、刑事弁護に熱意を持って取り組もうと思っても、刑事弁護の業務のみに集中することはできないため、検察との公判技術の差は縮まりにくいという現状があります。
こうした一般的な日本の刑事弁護に対する問題意識があったため、刑事弁護に特化しているNICDに強い関心を持ちました。そして、中村先生の掲げる理念である「刑事弁護における戦車」を見てみたいと思ったことが、私がサマーアソシエイトに参加した理由でした。
事務所の特徴
NICDが力を入れて取り組んでいるのは捜査段階からの当事者主義です。捜査段階から積極的に弁護士が被疑者に付くことで早期の身柄解放を求めて、在宅での捜査に切り替えてもらえるようにします。実際に身柄拘束されていた依頼者の方のお話も聞きましたが、逮捕、勾留され身柄拘束されていることの身体的、精神的負担は相当だと思いました。また弁護士にとっても、接見に時間を取られる、自由に証拠収集活動ができないなど、依頼者の身柄拘束はマイナスです。そのため、捜査段階からの当事者主義を実現することの重要性をサマーアソシエイトで直に感じました。
また、捜査段階ではスピード感が欠かせません。被疑者の身柄送致のタイミングを見て、いつまでに勾留回避の意見書を打たなくてはいけないのか、勾留請求されてしまったらすぐに準抗告を打つといった適切な対応が必要です。裁判所や検察とのやりとりも私が思っていた以上に密に行っていて、国選が付く前の捜査段階で弁護士が付くことで被疑者が得られるメリットはかなり大きいと身を以て知りました。
また、NICDでは、身柄拘束の時間が限られている中での書面を充実させ説得力を高めるための資料収集能力の高さがずば抜けていると思いました。初回の接見まで具体的な事案の全容がわからない中で、一度の面会で身柄解放のための書面を充実させるために必要な誓約書や、写真報告書を作成するなど、限られた時間の中でどれだけ証拠を集められるかは依頼者にとって非常に重要となります。刑事弁護ならではのスピード感のある職場は他の事務所にはない特色だと思いました。
印象に残ったアサイン
数多くアサインをこなした中でも先生からいただいた勾留による身柄拘束からの解放の案件は一番印象に残っています。事案の特殊性からこれは勾留決定されてはいけない、絶対に勾留決定をさせないと意気込んで勾留回避の意見書を起案し、提出したのに、まさかの勾留決定が出されてしまいました。被疑者のことを考えると勾留決定は何としても避けたかったですし、事案の特殊性からは勾留決定はないだろうと考えていたので、裁判所の決定に「悔しい、おかしい」と強く思いました。すぐに準抗告をして、それで無理なら特別抗告を打とうと準備をしました。結果としてはすぐに準抗告が通り、身柄解放することができました。被疑者のことを親身に考えて起案をしていたので、準抗告ですぐに身柄解放ができたことはとても喜びました。身柄解放の過程を通じて弁護士の仕事のやりがいの一端を感じることができ、サマーアソシエイトに参加してよかったと思えた瞬間でした。
このアサインで印象に残ったのは「通る書面がいい書面。どんなに文章が上手く、表現が豊かでも、書面は通らなければ意味がない。」という言葉です。勾留請求回避の意見書の最初の起案は私がしたのですが、先生が添削した後の勾留請求回避の意見書は、レベルが格段に高い別の書面になっていました。これは絶対通ると思ったのですが、裁判所には通りませんでした。私が「先生の書面はすごいです。」と言っても、自戒を込めるように上記の言葉をおっしゃっていて、すごくシビアで自分に厳しいなと感じたのを覚えています。そうした心がけが先生の刑事弁護に対する熱い想いや、仕事への姿勢につながっているのだと感じました。
他にも先生から「キーとなる事実を坦々と並べるだけで説得的になる。」「日本語は短く一文一意。」「依頼者を守る弁護士としての立場からいい意味で偏った文章をかけ。」とのアドバイスをいただいたので、今後の書面作成に活かしていきたいと思います。上述のように提出した書面は添削されると真っ赤で、先生が直した起案とのクオリティが違いすぎ、恥ずかしくて司法試験の勉強をやり直そうかと思いました。それくらい熱心に指導していただけるという点でもNICDに参加してよかったです。
公判傍聴
公判にもいくつか同席させてもらいましたが、先生方は堂々とした立ち振る舞いで法廷の雰囲気を完全に自分のものにしており、刑事弁護人のあるべき姿を垣間見ることができました。
ある事件の公判傍聴に行った際に、先生は弁論をペーパーレスで行なっていました。弁護士席から離れ証言台に立ち、裁判長の方を向いて語りかけるように行なっていた弁論は、公判にいる人全員の注目を集めていました。直前に行われた証人尋問や論告を踏まえて柔軟に弁論の内容に変更して、その場で弁論をすると後で聞いて正直驚きました。裁判員裁判では用いられるようになってきている手法だそうですが、事案によっては通常法廷でも用いるそうです。先生の弁論が始まると裁判所の空気が変わったような気がしました。大げさというかもしれませんが、こればかりは傍聴してみなければわからないことです。これからサマーアソシエイトに参加する方には公判傍聴に行くことを強くお勧めします。
このように緊張感ある公判でのやり取りは刑事弁護の中で一番大変な部分でありかつ、やりがいを感じる部分だと思います。ある先生が話していましたが、「公判は刑事弁護人の晴れ舞台」というのはまさにその通りだと思います。公判でも様々な技術がありますが、ここでも上述の書面と同じように「通る主張がよい主張。技術は手段でしかない。」と話していたのが印象に残っています。
感想
サマーアソシエイトに参加して感じたことは大きく二点あります。
一つはNICDのサマーアソシエイトプログラムの密度の濃さです。リサーチや、起案は1週間で10個近く取り組みましたし、上申書の翻訳も行いました。他には、依頼者との公判の打ち合わせ、新件受任の相談への同席や、公判を3回傍聴しました。そのため休む暇なく、朝から夜まで密度の濃い一週間を過ごすことができました。刑事弁護にこれだけの密度、熱量で取り組んでいるNICDはまさに「戦車対戦車の刑事弁護」を実現していこうという気概をもっている事務所だと思います。1週間という短い期間ではありましたが、NICDで刑事弁護に真摯に取り組んでいる先生方と一緒に過ごした経験は、私にとって他では得がたい財産になりました。
もう一つは、私の中での刑事弁護人のイメージががらりと変わったことです。一般的な刑事弁護の問題点は知ってはいたものの、やはり刑事事件については机上の勉強しかしたことがなく、模擬裁判やエクスターンで刑事事件を体験したこともなかったので、具体的な刑事弁護人の姿を想像することができずにいました。そのため他の弁護士変わらず書面ばかり作成しているイメージでしたが、今回のNICDでの先生方の姿をみて、刑事事件を扱う弁護士は他の業種の弁護士よりも遥かに動き回っている仕事なのだと知りました。接見、公判、相手方との示談交渉など、先生方は一日中事務所にいることはほとんどなく、自分の足で依頼者のために動き回っていました。その中でも特に、公判こそが刑事弁護人の晴れ舞台だと思いました。サマーアソシエイトに参加するまでは、刑事弁護人だからといって裁判所で活躍する場面が多いとは考えていませんでした。しかし、上述のように、公判での弁論、証人尋問、被告人質問など公判で活躍する場面が多くあります。弁護士としてどう働きたいかを考える上で裁判をメインでやりたいと思うのであれば、刑事弁護を専門にし、公判技術を磨いていくという選択があると気づけたのは自分の中での発見でした。
最後に
上述のように刑事弁護は泥臭い部分も多いですが、それ以上に弁護士としてのやりがいがある仕事だと思います。裁判員裁判制度が導入されて以降、刑事裁判の時流の変化も激しくなっています。外国人依頼者も増え、日本語だけでなく英語でもコミュニケーションをとることが必要な場面が多々あります。そうした刑事裁判の変化にうまく対応できる、能力の高い、志のある人が求められているのが刑事弁護の分野だと思います。
NICDはそうした刑事裁判の流れの変化に対応しながら、これからの日本の刑事弁護を変えていこうとしている事務所だと思います。事務所の理念である「戦車対戦車の刑事弁護」をみることができ、非常に有意義なサマーアソシエイトとなりました。先生方、事務所職員のみなさん、一週間という短い期間ではありましたが、大変お世話になり、またご指導していただきありがとうございました。