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誤送金の罰則規定を弁護士が解説

山口県阿武町が新型コロナウイルス対策関連の給付金として誤って4630万円を町内の24歳男性に振り込み、返還されていない問題で、男性の代理人を務める弁護士が5月16日、山口市で記者会見を開き、男性は入金された給付金を使い切ってしまっており、「現実的に返還が難しい」と述べました。
そして、とうとう男性は5月18日、電子計算機使用詐欺罪の疑いで逮捕されました。お金は使い切られ、回収は現実的に不可能と思われましたが、町は、男性が決済代行業者に有していたとされる債権を全額差し押さえ、誤送金した金額の9割に及ぶ約4300万円の回収に成功したとのニュースが報じられました。
結局、検察は送致事実通り、電子計算機使用詐欺罪で起訴しました。正当な権限なく、かつ、そのことを知って「虚偽の指令」を与えたとの構成です。しかし、この解釈には問題点もあります。

そこで、今回は、本件に電子計算機使用詐欺罪が成立するのか、また、その大部分が町に返金されたことが男性の罪にどう影響するのかについて、代表弁護士・中村勉が解説いたします。

誤送金事件の概要

今回の事件の発端は、2022年4月8日、山口県阿武町で、役場職員が誤って出力した振込依頼書を銀行に渡したことで、1世帯だけに463世帯分の新型コロナウイルス対策の給付金4630万円が振り込まれてしまったことにあります。4630万円を受け取った世帯主の男性は、役場から返金を求められましたがそれに応じず、「金は別口座に動かし、元に戻せない。罪は償う」などと述べて返還を拒否しています。
代理人によると、男性は4月8日の入金直後からカード決済や振り込みを4月18日までほぼ毎日繰り返したそうです。1回当たりの出金は67万円~400万円であり、1日だけで900万円超を使った日もあったようです。男性は4630万円の使い道について「複数のネットカジノで全て使った」と説明しており、出金先は決済代行会社などカジノ関連とみられるといいます。

電子計算機使用詐欺罪とは

そもそも「電子計算機使用詐欺罪」という罪はどのような犯罪なのでしょうか。
刑法では、詐欺の次の条文で、以下のように規定されています。

刑法第246条の2条
前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機虚偽の情報若しくは不正な指令を与え財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。

人の事務処理に使用する電子計算機」とは、財産権の得喪、変更に係る事務に使用するそれ自体が自動的に情報処理を行う電子装置として一定の独立性を有し、財産権の得喪、変更に係る電磁的記録の作出などを行い得るものをいいます(条解刑法)。

虚偽の情報」とは、当該事務システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らし、それが真実に反する情報をいい、金融実務における入金、振替入金(送金)等についていえば、入金等の処理の原因となる経済的・資本的実体を伴わないか、又はそれに符合しない情報のことをいいます(東京高判平成5年6月29日高集46-2-189)。

不正な指令」とは、当該事務処理の場面において、本来与えられるべきでない指令のことをいい、「与える」とは、上記のような情報又は指令を電子計算機に入力することをいいます(条解刑法)。
財産権の得喪若しくは変更に係る電磁的記録」とは、財産権の得喪、変更を生じさせるべき事実を記録した電磁的記録であって、それが作出されることによって事実上当該財産権の得喪、変更が生じるものをいい、「不実の」電磁的記録とは、真実に反する内容の記録、すなわち作出された内容が客観的に見て真実に反する記録であることを意味します(条解刑法)。

財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録」とは、先ほどの「不実の」と同趣旨で、真実に反するという意味ですが、「虚偽」は行為者が直接真実に反するものを作り出す、すなわち虚構を行う場合が多いのに対し、「不実」は行為者の直接の行為内容ではなく、間接的に起こることが多いというニュアンスの違いを本罪でも表そうとしたものです(条解刑法)。

人の事務処理の用に供して」とは、不正に作出された電磁的記録を、他人の事務処理のため、これに使用される電子計算機において用い得る状態に置くことを言います(条解刑法)。
財産上不法の利益」とは、財物以外の財産的利益を不法に取得することをいいます(条解刑法)。
法定刑は詐欺罪と同じく10年以下の懲役であり、罰金の規定がないため、起訴される場合は略式起訴では済まされず、正式裁判になるという点で、刑法に規定されている他の罪と比較して重い罪といえます。

誤送金事件での電子計算機使用詐欺罪の成否

それでは、今回の事件で、男性に電子計算機使用詐欺罪が成立するか検討していきます。男性は、4630万円が誤って振り込まれたお金と知りながら、スマートフォンを使ってオンライン決済代行業者の口座に400万円を振替えたとされています。

スマートフォンは、インターネットに接続してお金の振替などの情報処理を行うことのできる電子装置であり、「人の事務処理に使用する電子計算機」といえる点については、問題ないと思われます。
しかし、男性が、自分の口座にあった金を決済代行業者の口座に振替えた行為が、「虚偽の情報」「を与えた」といえるのかは見解が分かれるところかと思われます。男性が振替えたお金は、誤って振り込まれ、本来は町に対して返金しなければならないお金であることは当然です。そうだとしても、一応は男性の口座に入っているお金であって、入金等の処理の原因となる経済的・資本的実体を伴わないか、又はそれに符合しない情報をスマートフォンに入力したとまでいえるかは、疑問の余地があります。

ただし、返金を強く求められている状況で敢えて決済代行業者の口座に振り替えている行為について、本来与えられるべきでない指令を入力している行為であるととらえ、「不正な指令」「を与えた」と解釈することはできるかもしれません。なお、今回の振替は「人の事務処理の用に供」する行為とはいいにくいと思われます。
また、男性のこの振替が「不実の」「電磁的記録を作」った行為といえるかも、同じように問題になります。返金義務があるとはいえ、一応自分の口座にあったお金の振替である以上、真実に反する記録とは言いにくいと思われます。
さらに、男性は、この振替によって振替先の残高を増加させたことが「財産上不法の利益を得た」といえるかについても見解が分かれるところかと思われます。
男性は、あくまで自分名義の口座から振替先であるオンライン決済代行業者の口座にお金を移動させただけに過ぎず、単なる金銭の移動に過ぎない以上、「財産上不法の利益を得た」とは言い難いとの考え方の方が自然のように思います。

自分名義の口座から決済代行業者の口座に振替えることにより、容易に差押えできなくさせて、お金をより確実に自分のものにした、という点を強調すれば、「財産上不法の利益を得た」と評価しやすくなります。
しかし、実際には、現時点で決済代行業者の口座が差押えられて町に返金されたと報じられており、結局のところ、お金は確実に男性のものになったとはとても評価できない状況です。

以上を総合的に考慮すると、男性に対して電子計算機使用詐欺罪が成立するとは言い切れず、起訴されるとしても、起訴罪名が他の罪名に変更される可能性があるかと思われますが、検察は電子計算機使用詐欺罪の罪で男性を起訴しました。

誤送金事件における返金の影響

続いて、お金の大部分が町に戻ってきたことが、男性の罪にどう影響するのかについて検討したいと思います。
まず、考えられるのは告訴の取下げですが、返金後である今日現在、そのようなニュースは報じられていません。そもそも、今回お金が戻ってきたのは男性による自発的な返金ではなく、町が決済代行業者の口座を差押えることに成功したからであり、社会的影響の大きさも鑑みると、現状、告訴を取下げるとの判断は難しいと思われます。

次に考えられるのは、被害回復されたことによる起訴猶予(不起訴)ですが、これもやはり自発的に返金されたことでないことからすれば、不起訴にできるほど強い事情ではないと考えられます。
結論としては、起訴後、男性の刑を軽くする有利な情状として裁判で考慮されるという可能性が高いと思われます。

まとめ

今回は、4630万円の誤送金事件について、電子計算機使用詐欺罪で逮捕された事実と返金された事実を取り上げて解説しました。この事件については、今後も新たなニュースが報じられると思われ、まだまだ目が離せません。無罪判決の可能性もある難しい事案です。

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