「別居する自分の息子が実家に帰ってくるなり、現金を盗んでいった。」
「兄弟が口論になり、兄が憤慨して弟を殴り、怪我をさせてしまった。」
これらのような事例につき、警察はそれぞれ窃盗罪、傷害罪として扱うのでしょうか。本記事では、親族相盗例と呼ばれる刑法上の特例規定について代表弁護士・中村勉が解説します。
親族相盗例とは
「親族相当例」とは、一定の親族間で特定の罪を犯した場合に、その人の刑を免除したり、被害者等からの告訴がなければ起訴できないこととしたりする特例のことです。
刑法第244条、第251条、第255条に定められています(第251条、第255条は第244条の規定を準用しています)。この特例は、窃盗罪など財産に対する罪の一部につき定められており、家庭内のことにむやみに国家機関が介入するよりも親族間で解決させる方が適切であるとの「法は家庭に入らず」の考え方から設けられています。
冒頭の事例についてですが、前者については、息子に窃盗罪が成立するものの、親族相盗例の適用により、刑が免除されることになりますので(刑法第244条1項、第235条)、警察に通報しても立件される可能性は非常に低いです。
後者については、兄弟間という親族間での出来事とはいえ、傷害罪という人の身体に対する罪ですので、親族相盗例の適用はなく、警察が兄につき傷害罪として立件する可能性があります。
窃盗罪等について親族相当例を定めている刑法第244条の条文を見てみましょう。
刑法第244条
配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第二百三十五条の罪、第二百三十五条の二の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。
2 前項に規定する親族以外の親族との間で犯した同項に規定する罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
3 前二項の規定は、親族でない共犯については、適用しない。
まず、第1項については、「刑を免除する」ということですので、刑罰が科されないだけで、犯罪自体は成立します(最高裁平成20年2月18日決定)。したがって、親族相盗例の適用がある犯罪の事例であっても、警察において立件できないわけではありませんが、立件する実益がないということで通常は立件されません。
次に、第2項については、「告訴がなければ公訴を提起できない」とされています。犯罪自体成立しますし、刑も免除されるわけではないですが、そもそも告訴がなければ、検察官は起訴することができないということになります(このような扱いがされる罪のことを「親告罪」といいます)。逆にいえば、告訴があれば、起訴される可能性がなお残り、起訴されて有罪判決を受ければ、刑罰が科されることになります。
なお、親族相盗例の趣旨が親族間で解決させる方が適切だという点にあることから、物の所有者と占有者が共に行為者(犯人)と親族でなければ特例の対象にならないとされています。
親族相盗例の規定がある罪
親族相盗例の規定があるのは以下の罪です。
- 窃盗罪(刑法第244条、第235条)
- 不動産侵奪罪(刑法第244条、第235条の2)
- 詐欺罪、電子計算機使用詐欺罪、準詐欺罪(刑法第251条、第246条、第246条の2、第248条、第244条)
- 背任罪(刑法第251条、第247条、第244条)
- 恐喝罪(刑法第251条、第249条、第244条)
- 横領罪、業務上横領罪、遺失物等横領罪(刑法第255条、第252条、第253条、第254条、第244条)
当然ではありますが、上記犯罪のうち、未遂犯の処罰規定があるもの(窃盗罪、不動産侵奪罪、詐欺罪、電子計算機使用詐欺罪、準詐欺罪、背任罪、恐喝罪)はいずれも未遂罪についても親族相盗例の適用があります。
ちなみに、盗品と分かったうえで物を譲り受けた場合等に成立する盗品等関与罪には、親族等の間の犯罪に関する特例(刑法第257条)がありますが、こちらは規定の仕方も趣旨もいわゆる親族相盗例とは異なるため、ここでは割愛します。
「親族」とは
親族相盗例は親族間の犯罪に関する特例です。では「親族」とは誰を指すのでしょうか。
一般的に「親族」というと、「家族」や「親戚」と同じような意味で使われることが多く、その範囲は明確ではありません。しかし法律上「親族」という場合、その範囲は民法第725条に明確に定められています。
民法第725条
次に掲げる者は、親族とする。
一 六親等内の血族
二 配偶者
三 三親等内の姻族
聞きなれない言葉ばかりで少し分かりにくいかもしれませんが、簡単に言うと「血族」は自分と血の繋がりがある人、「配偶者」は自分と結婚している人、「姻族」は配偶者と血の繋がりがある人や自分の血族の配偶者を指します。なお、民法第727条により、養子と養親及びその血族との間においては、養子縁組の日から血族間におけるのと同一の親族関係を生ずるとされていますので、厳密にいえば、「血族」には、血の繋がりのない養子や養親も含まれます。
「親等」とは、身分関係の近さを表すものさしのようなもので、一親等には父母や子が、二親等には祖父母、孫、兄弟姉妹が含まれます。
六親等の血族ですと、はとこ(祖父母の兄弟姉妹の孫)が、三親等の姻族ですと配偶者のおじ・おば(父母の兄弟姉妹)が挙げられます。したがって、イメージとしては自分のはとこや配偶者のおじ・おばまでの範囲の身分関係の人が自分の「親族」ということになります。ちなみに配偶者のいとこは四親等の姻族となり、「三親等内の姻族」とはいえませんので、法律的には「親族」ではありません。
親族相盗例の対象となる親族の範囲
さて、広く親族相盗例の対象となる「親族」については上述したとおりです。
そのうえで、親族相盗例には、刑を免除する場合と、親告罪とする場合(被害者等からの告訴がなければ起訴できないこととする場合)の2種類があり、それぞれ対象となる親族の範囲が違います。
まず、刑が免除されるのは刑法第244条1項に規定されている以下の者です。
- 配偶者
- 直系血族(父母、祖父母、子、孫など)
- 同居の親族
人によっては、兄弟も直系血族と同じくらい近く感じられるかもしれませんが、兄弟は同居していることが条件となります。
上記以外の親族、すなわち配偶者や直系血族以外の別居している親族との間で罪を犯した場合には、刑法第244条2項により、被害者である親族からの告訴がなければ起訴できないこととなります。
なお、近頃、自動車保険や各種割引の適用の場面で、法律上の婚姻関係がない内縁の配偶者についても、法律上の婚姻関係がある配偶者と同等に扱われることが多く見られるようになってきましたが、刑法第244条1項は内縁の配偶者には適用ないし類推適用されないと解されています(最高裁平成18年8月30日決定)。
その理由は、刑法第244条1項では「刑を免除する」という規定の仕方がされており、刑を決める裁判官において刑を免除しないとする裁量が認められていないため、免除を受ける者の範囲を明確に定める必要があることなどからとされています(同決定)。
また、たとえ、刑法第244条1項に規定されている親族関係が加害者と被害者との間にある場合であっても、加害者が被害者の未成年後見人という立場にあるときには、その後見の事務という公的性格が優先され、親族相盗例は適用されないとされています(最高裁平成20年2月18日決定)。
該当する犯罪の疑いをかけられた場合
無実の場合はもちろんですが、実際に罪を犯した場合でも、親族相盗例の対象となるかどうかの判断を含め、弁護士から早期に助言を受けることが大切です。
言うまでもなく、親族相盗例の規定があるからといって、法が窃盗などを行ってもよいとしているわけではありません。すでに述べた通り、刑の免除は犯罪が成立しないということではありませんし、仮に立件されて起訴され、有罪判決を受けた場合には、刑を免除する旨の言渡しはされるものの、前科としては残ることになります。
さらに、親族相盗例の適用により親告罪となる罪については、告訴があれば捜査は開始され、その後、起訴され裁判にかけられる可能性もあります。この場合、起訴されるか否かの大きなポイントは被害者である親族の告訴にあります。告訴を避け、あるいは告訴を取り下げてもらうには、弁護士を通じて被害者と示談交渉を行うことがとても重要です。
また、親族相当例はあくまでも刑法上の特例ですので、親族相盗例の適用があっても、民事上の請求を免れるわけでもありません。当然のことではあるものの、その点はしっかり明記しておかなければなりません。逆に言えば、被害者である親族としては、刑事事件として立件されなくても、なお、民事事件によって被害回復を図ることが可能です。
警察の介入について
実務上は、親族でなくても、身近な者同士の犯罪行為には警察は介入したがりません。このことは同族会社内でも同じです。警察が介入しようとしない場合、基本的には当事者間の話し合い等により民事的に解決するほかありません。
もっとも、財産犯でなく、殺人罪、殺人未遂罪、傷害致死罪、傷害罪など人の生命・身体に対する犯罪については、警察も親族関係があるかどうか、身近な関係かどうかにかかわらず、積極的に介入してきます。また、傷害罪などの場合、事件前に加害者と被害者が面識のない者同士ですと、罪証隠滅のおそれ(特に加害者が被害者に対して働きかけるおそれ)がほとんどないとして、逮捕や勾留を回避できることがそれなりにありますが、逆に身近なもの同士ですと、むしろ罪証隠滅のおそれがあるとして逮捕や勾留がされてしまう傾向にあります。
まとめ
いかがでしたでしょうか。親族相盗例とは何か、また、これがどのような親族関係や犯罪に適用されるのか説明してまいりましたが、親族相盗例の適用があるにしても、すべての法的問題が消えるわけではありません。親族相手に犯罪を行ってしまった場合には、一度弁護士に相談されるのがよいでしょう。