本コラムは弁護士・中村勉が執筆いたしました。
なぜ警察でなく税関が家宅捜索等をできるのか?
税関職員は、一般司法警察職員(要するに警察官。刑事訴訟法第189条1項)ではなく、特別司法警察職員(労働基準監督官、海上保安官、麻薬取締官など、特別の事項について司法警察職員として職務を行うべき者。同法第190条)でもありません。したがって、刑事訴訟法上、捜査権を有する者とはされておらず(同法第189条2項)、刑事訴訟法による捜索差押え等をする権限はありません。
税関職員は、犯則事件(租税犯に関する事件。ここでは、関税法に違反する事件のこと。)を調査するために必要があるときは、犯則嫌疑者等(刑事訴訟法で言えば被疑者に当たる者)に対して出頭を求め、質問し、犯則嫌疑者等が所持し若しくは置き去るなどした物件を検査したりすることができます(関税法第119条1項)。
さらに、税関職員は、その調査のため必要があれば、裁判官があらかじめ発する許可状により、臨検、犯則嫌疑者等の身体、物件若しくは住居その他の場所の捜索、証拠物若しくは没収すべき物件と思料するものの差押え等をすることもできます(同法第121条1項)。
要するに、税関職員は、関税法違反の嫌疑がある事件につき、警察と実質的にはほぼ同様に、犯則嫌疑者に対して出頭を求めて質問し、裁判官から捜索差押許可状の発付を受けた上で、司法警察職員による強制捜査と実質的に同様な捜索差押をすることができるということになります。そして、税関職員ないし税関長は、一定の場合には、事件を検察官に告発しなければならないとされています(同法第144条ないし第148条)。そこから「捜査」が開始されることになります。
一方で、税関長は、犯則事件を調査した結果、犯則との心証が得られない場合は、その旨を犯則嫌疑者に通知し、物件の差押え等があれば、その解除を命じることになります(同法149条)。
関税法第119条(質問、検査又は領置等)
1 税関職員は、犯則事件を調査するため必要があるときは、犯則嫌疑者若しくは参考人(以下この項及び第百二十一条第一項(臨検、捜索又は差押え等)において「犯則嫌疑者等」という。)に対して出頭を求め、犯則嫌疑者等に対して質問し、犯則嫌疑者等が所持し、若しくは置き去つた物件を検査し、又は犯則嫌疑者等が任意に提出し、若しくは置き去つた物件を領置することができる。
関税法第121条(臨検、捜索又は差押え等)
1 税関職員は、犯則事件を調査するため必要があるときは、その所属官署の所在地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所の裁判官があらかじめ発する許可状により、臨検、犯則嫌疑者等の身体、物件若しくは住居その他の場所の捜索、証拠物若しくは没収すべき物件と思料するものの差押え又は記録命令付差押え(電磁的記録を保管する者その他電磁的記録を利用する権限を有する者に命じて必要な電磁的記録を記録媒体に記録させ、又は印刷させた上、当該記録媒体を差し押さえることをいう。以下同じ。)をすることができる。ただし、参考人の身体、物件又は住居その他の場所については、差し押さえるべき物件の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り、捜索をすることができる。
税関はどんな事件で家宅捜索等をできるのか
上記のとおり、税関職員は「犯則事件を調査するため必要があるときは」捜索差押え等ができるとされていますから、関税法違反の嫌疑がある事件であれば、令状による強制的な捜索差押ができるということになります。
その一例として、いわゆる輸入禁制品(同法第69の11。それぞれに法定の除外品あり)である以下のものの輸入罪があげられます。
①麻薬及び向精神薬、大麻、あへん及びけしがら並びに覚醒剤(覚醒剤取締法にいう覚醒剤原料を含む。)等
①の2 いわゆる薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)第2条15項に規定する指定薬物(合法ハーブ等と称して販売されるいわゆる脱法ドラッグに含まれる成分のうち、幻覚等の作用を有し、使用した場合に健康被害が発生するおそれのある物質として厚生労働大臣が指定した薬物)
②拳銃、小銃、機関銃及び砲並びにこれらの銃砲弾並びに拳銃部品
③爆発物(爆発物取締罰則第1条に規定する爆発物)
④火薬類(火薬類取締法)第2条1項(定義)に規定する火薬類)
⑤化学兵器の禁止及び特定物質の規制等に関する法律第2条3項に規定する特定物質
⑤の2 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第6条20項に規定するいわゆるエボラウイルスその他の一種病原体等及びボ同条21項に規定するボツリヌス毒素その他の二種病原体等
⑥貨幣、紙幣若しくは銀行券、印紙若しくは郵便切手又は有価証券の偽造品、変造品及び模造品並びに不正に作られた代金若しくは料金の支払用又は預貯金の引出用のカードを構成する電磁的記録をその構成部分とするカード
⑦公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品
⑧児童ポルノ
⑨特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、著作隣接権、回路配置利用権又は育成者権を侵害する物品
⑩不正競争防止法第2条1項1~3号、10号、17号又は18号(⑨に該当しなくても模造品、海賊版等がこれに当たり得ます。)
関連法令
関税法第69条の11(輸入してはならない貨物)
1 次に掲げる貨物は、輸入してはならない。
一 麻薬及び向精神薬、大麻、あへん及びけしがら並びに覚醒剤(覚醒剤取締法にいう覚醒剤原料を含む。)並びにあへん吸煙具。ただし、政府が輸入するもの及び他の法令の規定により輸入することができることとされている者が当該他の法令の定めるところにより輸入するものを除く。
一の二 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和三十五年法律第百四十五号)第二条第十五項(定義)に規定する指定薬物(同法第七十六条の四(製造等の禁止)に規定する医療等の用途に供するために輸入するものを除く。)
二 拳銃、小銃、機関銃及び砲並びにこれらの銃砲弾並びに拳銃部品。ただし、他の法令の規定により輸入することができることとされている者が当該他の法令の定めるところにより輸入するものを除く。
三 爆発物(爆発物取締罰則(明治十七年太政官布告第三十二号)第一条に規定する爆発物をいい、前号及び次号に掲げる貨物に該当するものを除く。)。ただし、他の法令の規定により輸入することができることとされている者が当該他の法令の定めるところにより輸入するものを除く。
四 火薬類(火薬類取締法(昭和二十五年法律第百四十九号)第二条第一項(定義)に規定する火薬類をいい、第二号に掲げる貨物に該当するものを除く。)。ただし、他の法令の規定により輸入することができることとされている者が当該他の法令の定めるところにより輸入するものを除く。
五 化学兵器の禁止及び特定物質の規制等に関する法律(平成七年法律第六十五号)第二条第三項(定義等)に規定する特定物質。ただし、条約又は他の法令の規定により輸入することができることとされている者が当該条約又は他の法令の定めるところにより輸入するものを除く。
五の二 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年法律第百十四号)第六条第二十項(定義等)に規定する一種病原体等及び同条第二十一項に規定する二種病原体等。ただし、他の法令の規定により輸入することができることとされている者が当該他の法令の定めるところにより輸入するものを除く。
六 貨幣、紙幣若しくは銀行券、印紙若しくは郵便切手(郵便切手以外の郵便に関する料金を表す証票を含む。以下この号において同じ。)又は有価証券の偽造品、変造品及び模造品(印紙の模造品にあつては印紙等模造取締法(昭和二十二年法律第百八十九号)第一条第二項の規定により財務大臣の許可を受けて輸入するものを除き、郵便切手の模造品にあつては郵便切手類模造等取締法(昭和四十七年法律第五十号)第一条第二項の規定により総務大臣の許可を受けて輸入するものを除く。)並びに不正に作られた代金若しくは料金の支払用又は預貯金の引出用のカードを構成する電磁的記録をその構成部分とするカード(その原料となるべきカードを含む。)
七 公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品(次号に掲げる貨物に該当するものを除く。)
八 児童ポルノ(児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律第二条第三項(定義)に規定する児童ポルノをいう。)
九 特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、著作隣接権、回路配置利用権又は育成者権を侵害する物品
十 不正競争防止法第二条第一項第一号から第三号まで、第十号、第十七号又は第十八号(定義)に掲げる行為(これらの号に掲げる不正競争の区分に応じて同法第十九条第一項第一号から第五号まで、第七号又は第九号(適用除外等)に定める行為を除く。)を組成する物品
関税法第109条(罰則)
1 第六十九条の十一第一項第一号から第六号まで(輸入してはならない貨物)に掲げる貨物を輸入した者は、十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
2 第六十九条の十一第一項第七号から第十号までに掲げる貨物を輸入した者は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。関税法第110条
1 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 偽りその他不正の行為により関税を免れ、又は関税の払戻しを受けた者
二 関税を納付すべき貨物について偽りその他不正の行為により関税を納付しないで輸入した者
税関から家宅捜索された場合
以下のとおり、警察から家宅捜査された場合と基本的に変わるところはありません。
身に覚えがあると否かにかかわらず、まずは令状をきちんと見せてもらい、内容を確認してください。自分に対する嫌疑でない場合もあります。
令状により捜索差押を行う税関職員には、捜索差押許可状を提示する義務があります(関税法第128条)ので、それをしなければ捜索差押が手続的に違法となる可能性があります。
ちなみに、捜索差押令状には、以下の記載があるはずです。
- 犯則嫌疑者の氏名(法人については、名称)
- 罪名
- 捜索すべき身体、物件若しくは場所、差し押さえるべき物件等
- 請求者の官職氏名、有効期間、交付の年月日、裁判所名等
また、税関職員には、捜索差押を行うにあたってその身分を示す証明書を携帯する義務があり、請求があればこれを提示しなければいけません(同法129条)ので、その提示を求め、税関職員であることはもとより、その所属、官職、氏名等を確認し、記憶(できれば記録)しておいてください。無茶な処分を防ぐとともに、違法な処分があった場合の責任追及の根拠、刑事事件化した場合の押収手続の適法性の問題等になり得ます。
なお、税関職員による捜索差押等の際、必要があるときは、警察官又は海上保安官の援助を求めることができるとされています(同法130条)ので、税関職員のほかにこれらの者が捜索差押等に同行してくることがあり得ます。
ちなみに、捜索差押にあたり、弁護人の立会を要求できるかどうかですが、なかなか困難と考えられます。というのも、弁護人(又は弁護人になろうとする者=弁護人候補者)の捜索差押等への立会権は認められておらず(関税法には、関係者の立会を認める刑事訴訟法第113条1項と同等の規定がありません。)、かえって、税関職員は、何人に対しても、許可を受けないでその場所に出入りすることを禁止することができるとされていますし(関税法138条)、形式的なことを言えば、税関職員による捜索差押は「捜査」ではないので、「弁護人(又は弁護人になろうとする者)」は未だ存在し得ないとも言えるからです。
しかしながら、弁護人選任権は(刑事被告人にとってではありますが)憲法上の権利であることは間違いありません(同法第37条3項)。その精神からして、「弁護人(又は弁護人になろうとする者)」である弁護士への連絡くらいは許可されてしかるべきと考えます。なので、当該税関職員に対し、その旨告げた上で自ら上記弁護士への連絡を試みるか、税関職員からの上記弁護士への連絡を頼んでみてください。
税関職員も、証拠隠滅、共犯者との口裏合わせ、共犯者の逃亡を防止するなどの観点から、捜索差押着手後の対象者による弁護士以外の外部との連絡には相当に神経質になっていますが、連絡先が弁護士であることを明確にすれば、最低限の連絡をさせてくれることくらいは期待できます。それだけでも、税関による行き過ぎた捜索差押に対する抑止力になり得ますし、その後の調査・捜査に対抗するきっかけともなり得ます。
関連法令
関税法第121条(臨検、捜索又は差押え等)
5 前項の請求があつた場合においては、地方裁判所又は簡易裁判所の裁判官は、犯則嫌疑者の氏名(法人については、名称)、罪名並びに臨検すべき物件若しくは場所、捜索すべき身体、物件若しくは場所、差し押さえるべき物件又は記録させ、若しくは印刷させるべき電磁的記録及びこれを記録させ、若しくは印刷させるべき者並びに請求者の官職氏名、有効期間、その期間経過後は執行に着手することができずこれを返還しなければならない旨、交付の年月日及び裁判所名を記載し、自己の記名押印した許可状を税関職員に交付しなければならない。
関税法第128条(許可状の提示)
臨検、捜索、差押え又は記録命令付差押えの許可状は、これらの処分を受ける者に提示しなければならない。
関税法第129条(身分の証明)
税関職員は、この節の規定により質問、検査、領置、臨検、捜索、差押え若しくは記録命令付差押えをし、又は開示を求めるときは、その身分を示す証明書を携帯し、関係者の請求があつたときは、これを提示しなければならない。
関税法第130条(警察官等の援助)
税関職員は、臨検、捜索、差押え又は記録命令付差押えをするに際し必要があるときは、警察官又は海上保安官の援助を求めることができる。
関税法第138条(処分中の出入りの禁止)
税関職員は、この節の規定により質問、検査、領置、臨検、捜索、差押え若しくは記録命令付差押えをし、又は開示を求める間は、何人に対しても、許可を受けないでその場所に出入りすることを禁止することができる。
家宅捜索は拒否できるのか
税関による家宅捜査に限らず、裁判官が発付した捜索差押許可状に基づく捜索であれば、拒否できるかどうかというより、拒否したとしても、税関側としては令状の効力として合法的に強制的な捜索が可能です。
令状による合法的な捜索・差押を拒否・抵抗して税関職員に暴行・脅迫を加えるなどすれば、公務執行妨害罪(刑法第95条)に問われかねません。なので、令状記載の犯則嫌疑事実に身に覚えがあってもなくても、当該令状による捜索差押を拒否したり、そうでなくても、捜索差押中に罪証隠滅行為をしたりあからさまな非協力な態度を示したりしても、(相手は令状により徹底的な捜索差押をも許容されている訳ですから、)しても意味がないか、かえって(税関から事件を引き継ぐ)捜査機関に身柄拘束を正当化する理由を与えたり、公務執行妨害罪など別の犯罪を犯したとされるなど、かえって事態を悪化させかねません。
弁護士に相談する必要性
捜索差押自体は、大抵の場合、突然やってきて淡々と進行し、その流れを止めることは困難です。しかしながら、たとえ事後的にしても、捜索差押自体やそのプロセスに違法・不当がないかを検証し、検証結果に応じた対応・対策を採る必要があります。また、令状に書かれた犯則嫌疑者が自分である場合とそうでない場合がありますが、その記載に応じて異なる対応・対策を採るべきです。
そして、自らが犯則嫌疑者である場合はもとより、そうでなくても最終的には自らが犯則嫌疑者・被疑者になり得る場合もあり、その場合には、税関による告訴の可能性も踏まえ、刑事事件としてのきめ細かな対応・対策を採る必要が生じます。
上記の対応・対策には、この種事件に精通した、経験豊富な弁護士のサポートが必須です。
まとめ
いかがでしたでしょうか。上記のとおり、捜索差押は、弁護士に立会権はなく、通常淡々と進んでしまいます。
しかしながら、要は、その後手続がどのように進み、自分が法的にどんな立場におかれるのか、自らが刑事事件の被疑者となってしまうのか、そうならない方策があるか、そうなってしまった場合に、いかなる対応を採るか、身柄拘束や重罰をいかに回避するかなどが重要です。
税関から捜索差押を受けるということは、少なくとも、何らかの反則嫌疑事実が存在し、自らが何らかの関与を疑われているということです。いち早く専門的知識のある経験豊富な弁護士に相談すべきです。