私文書偽造罪という犯罪をご存知でしょうか?なんとなくイメージはつくものの、実際にどのような場合に成立するか説明できる人は多くはないのではないでしょうか。今回は、私文書偽造罪がどのような場合に成立するかについて、説明してまいります。
私文書偽造とは?
私文書偽造罪とは私人間でやりとりされる文書を偽造・変造した場合に成立する犯罪です。一方、公文書偽造罪と国や地方公共団体などの機関や公務員が作成する公文書を偽造・変造した場合に成立する犯罪で、このように両者は偽造するものの客体で区別されます。
両者に共通することは、このような「偽造・変造する」という犯罪は文書の公共の信頼を傷つける犯罪ということです。例えば、契約書や履歴書、あらゆる物事の証明書などの文書は、私達の生活に不可欠であり、仮にこのような文書が偽造された場合、これらの文書を信用できなくなってしまいます。
私文書偽造罪や公文書偽造罪はこのような事態を防止するため、文書の持つ社会的信用性を保護するものです。今回は、このような社会生活上、経済上重要な意義を有する文書偽造罪について説明してまいります。私文書偽造罪の刑法の規定は以下の通りです。
私文書偽造等
第百五十九条 行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
2 他人が押印し又は署名した権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
3 前二項に規定するもののほか、権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を偽造し、又は変造した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
まず前提として、「文書」とは、実務上、狭義には文字等の可読的な符合を用いて、ある程度永続性のある状態のある物体の上に表示された意思又は観念の表示のことを指し、文字等を用いず画像や象徴的な図形によるものを「図形」と言います。したがって、砂の上に書いた文字は永続性がないため「文書」ではなく、また、門札や番号札は、意思又は観念の表示ではないので、「文書」ではないと解されています。もっとも、その判断は微妙なものであるから、実際にはケースごとに具体的に検討する必要があるでしょう。
以上を踏まえた上で、私文書偽造等罪が成立する場合について説明したいと思います。
私文書偽造罪は①「行使の目的で」②「権利、義務若がしくは事実証明に関する文書」を③「偽造」した場合に成立します。なお、①②の場合で、文書を「変造」をした場合には第2項で私文書変造罪が成立します。また、当該文書に「署名又は押印」がなされた場合には第1項の有印私文書偽造罪が成立し、これらがない場合には第3項の「無印私文書偽造罪」が成立します。以下で順に説明いたします。
①「行使の目的で」とは
先ほどの説明の通り、文書偽造の罪は文書の公共の信頼を保護する趣旨です。したがって、「行使の目的」とは文書を表示して、他人に誤信を生ぜしめることを指します。したがって、文書を偽造であることを示して表示するために作成された場合には「行使の目的」が認められません。
②「権利、義務若がしくは事実証明に関する文書」とは
私文書偽造等罪の客体は「権利、義務若しくは事実証明に関する文書」です。権利・義務にかんする文書とは私法上・公法上の権利又は義務の発生・存続・変更・消滅・の効果を生じさせることを目的とする意思表示を内容とする文書を指します。
一方で、事実証明に関する文書とは、判例(大判大正9・12・24)では実社会生活に交渉を有する事項を証明するに足りる文書のことをいいます。裁判上、事実証明に関する文書として認められたものとしては郵便局の転居届(大判明治44.10・13)、衆議院議員の候補者への推薦状(大判大正6・10・23)、私立大学の成績原簿(東京地判昭和56・11・6)、私立大学の入試答案(最決平成6・11・29.)などがあります。
③「偽造」(または「変造」)とは
「偽造」とは実務上は、作成者と作成名義人の人格的同一性を偽る行為を指します(最判昭和59・2・17など)。すなわち、Aさんという人がBさんという名義の文書を作成した場合、文書の作成者はAさんであり、しかし、文書の作成名義人はAさんとは異なる人格のBさんであるため、作成者と作成名義人の同一性が失われています。したがって、この文書は「偽造」された文書ということになります。
「変造」とは、権限のない者が、真正に成立している他人の文書を、その本質的な部分でない点につき、変更を加える行為のことを指します。なぜ、被本質的な部分である必要があるかというと、本質的な部分につき、変更を加えられるとその文書の同一性が失われると同視されるため、その場合には「偽造」に該当するからです。
このように「偽造」や「変造」はあくまでも作成名義人を偽る行為を意味するので、たとえ内容が虚偽であっても「偽造」「変造」にはなりません。私文書でこの唯一の例外が虚偽診断書作成罪です。これは医師が自分の名前で診断書を作成しても、その内容が虚偽であれば罰せられるという刑罰です。また、公文書についても、虚偽公文書作成罪というものがあります。
有印私文書偽造・変造罪の法定刑は、上記の通り、「三月以上五年以下の懲役」であり、罰金等の財産刑が規定されていないことから、非常に重い罰則が規定されているとは言えます。無印私文書偽造等罪の法定刑は「年以下の懲役又は十万円以下の罰金」です。
公文書偽造との違いについて
では、次に、公文書偽造罪についてみていきましょう。公文書偽造罪を規定した刑法の条文は以下の通りです。
公文書偽造等
第百五十五条 行使の目的で、公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者は、一年以上十年以下の懲役に処する。
2 公務所又は公務員が押印し又は署名した文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
3 前二項に規定するもののほか、公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は公務所若しくは公務員が作成した文書若しくは図画を変造した者は、三年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。
公文書偽造等罪の客体は、私文書偽造等罪より狭く、公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画です。すなわち、国や地方公共団体などの機関や公務員が作成する公文書を偽造・変造する犯罪のことをいいます。そして、「偽造」「変造」とは、先ほどと同じく、作成者と作成名義人の同一性を偽る行為を指します。ただし、公文書偽造罪が成立する場合には、「公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して」偽造を行う必要があります。
このようにしてなされた犯罪を、一般的には有印公文書偽造罪といいます。先ほどの、有印私文書偽造罪の法定刑は「三月以上五年以下の懲役」であったのに対して、有印公文書偽造罪の法定刑は「一年以上十年以下」と有印私文書偽造罪と比べて、有印公文書偽造罪の方が重くなっています。これは公文書の方が、私文書と比べて、一般的に文書の持つ公共的な信頼性が高いため、その分、重い刑罰を科するものと考えられています。
私文書偽造の例
以下で実際に私文書偽造罪が成立した事例を紹介いたします。ご参考にしてください。
架空人名義の履歴書を提出・行使した事例
実際に存在しない架空の人物であっても、文書の体裁さえ整っていれば、当該架空の人物の履歴書として記載内容の信頼が生じます。この判決により、作成名義人は架空の人物であっても、私文書偽造罪が成立することが確認されました。
私立高校の入学試験において、承諾を得て、他人名義の答案用紙を作成・提出(替え玉受験)した事例
実務上、名義人の承諾がある場合は、作成者は名義人のかわりに文書を作成したに過ぎないため、原則、私文書偽造罪は成立しないことになっています。この判決により、入学選抜試験の答案用紙のように文書が、その性質上、本人以外の者によって作成されることが予定されていない場合、名義人の承諾がある場合であっても、文書に対する公共の信頼が傷つけられるため、私文書偽造罪が成立することが確認されました。
同姓同名の弁護人の名義を利用して、その資格の業務の用に供する文書を作成した事例
通常、肩書はその人そのものを表すものではありません。したがって、肩書を冒用した場合であっても、必ずしも私文書偽造罪が成立するとは限りません。もっとも、弁護士が業務の用に供する文書であるならば、「弁護士」という肩書が付された文書には公共の信頼が生じます。この判決により、文書の性質上、肩書の存在が文書の名義人に対する特別な信頼を生じうる場合には、私文書偽造罪が成立することが確認されました。
私文書偽造に似ている罪名
上記の通り、私文書偽造罪とは特に文書等の公共の信頼を保護する犯罪類型です。以下で、私文書偽造罪と同様に文書の公共の信頼を保護する犯罪・私文書偽造罪と語感が似ている犯罪を紹介いたします。ご参考にしてください。
詔書偽造等罪
第百五十四条 行使の目的で、御璽、国璽若しくは御名を使用して詔書その他の文書を偽造し、又は偽造した御璽、国璽若しくは御名を使用して詔書その他の文書を偽造した者は、無期又は三年以上の懲役に処する。
2 御璽若しくは国璽を押し又は御名を署した詔書その他の文書を変造した者も、前項と同様とする。
こちらは、天皇文書の偽造・変造を処罰する犯罪で、一般の公文書の偽造・変造より、さらに重く処罰する趣旨で、その法定刑は「無期又は三年以上の懲役」で、非常に重い犯罪といえるでしょう。天皇文書とは、詔書その他天皇名義の文書のことを指します。
虚偽公文書作成罪
第百五十六条 公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は文書若しくは図画を変造したときは、印章又は署名の有無により区別して、前二条の例(公文書偽造罪、詔書偽造罪)による
※()は執筆者による
この犯罪の主体は「公務員」です。上記の公文書偽造罪の主体は私人であり、このように虚偽公文書作成罪と公文書偽造罪とは、犯罪を行う主体によって区別されます。
公正証書原本不実記載等罪(免状不実記載罪)
第百五十七条 公務員に対し虚偽の申立てをして、登記簿、戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
2 公務員に対し虚偽の申立てをして、免状、鑑札又は旅券に不実の記載をさせた者は、一年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。
3 前二項の罪の未遂は、罰する。
第1項は公正証書原本不実記載罪について規定したもので、第2項は免状不実記載罪について記載したものです。これらは他人を利用して虚偽公文書作成罪にあたる行為をしたものを特に罰する犯罪です。したがって、実際に虚偽の文書を作成するのは、その公務を担当する「公務員」である点で、先ほどの虚偽公文書作成罪に共通します。しかし、その実質は私人によって、内容虚偽の公文書を作成していることかあら、特別に処罰する趣旨です。
公正証書原本不実記載罪が成立する客体は、上記に列挙された登記簿・戸籍簿の他、「その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本」です。これには土地台帳(最判昭和36・3・30)や公証人の作成した公正証書(最判昭和37・3・1)や住民票(最決昭和48・3・15)が含まれます。一方、免状不実記載罪が成立する客体は「免状、鑑札又は旅券」です。つまり運転免許証等の各種の免許証やパスポート等を、虚偽の内容を公務員に伝えて作成する場合に成立します。
虚偽診断書作成等罪
第百六十条 医師が公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書に虚偽の記載をしたときは、三年以下の禁錮又は三十万円以下の罰金に処する
この犯罪は、私文書は、一般的に公文書に比べて信用性が低いが、医師の作成する診断書等は類型的に信用性が高いために、特別にその信用を保護する趣旨です。
有価証券偽造罪
第百六十二条 行使の目的で、公債証書、官庁の証券、会社の株券その他の有価証券を偽造し、又は変造した者は、三月以上十年以下の懲役に処する。
2 行使の目的で、有価証券に虚偽の記入をした者も、前項と同様とする。
有価証券偽造罪は、有価証券が、それ自体独立して価値を有することから、私文書偽造罪や公文書偽造罪と独立して処罰しようという趣旨です。「有価証券」とは実務上、財産上の権利が化体され、その権利の行使・移転等につき証券の占有を必要とされるものを言い、当該文書自体の流通性の有無は問いません。したがって、手形や小切手が「有価証券」に含まれることは勿論、「その他の有価証券」には定期乗車券や宝くじ等もこれに含まれます。
私文書偽造罪で逮捕されたら
私文書偽造罪で逮捕された場合、逮捕の時から48時間以内に検察官に送致されます(刑事訴訟法203条1項)。そして、逮捕の時から72時間以内に検察官は被疑者を釈放するか、勾留または起訴するか決定します(同法205条1項、2項、3項)。一方、逮捕はされても身元(家族や勤務関係)がしっかりしており、「逃亡のおそれがなく、今後続く取調べの出頭要請にもちゃんと応じてくれそう」という判断がされれば、釈放される可能性があります。
逮捕の次に予定されているのは「勾留」です。勾留は、検察官が逮捕の後引き続き身柄拘束が必要と認められる場合に裁判所の許可を取って行われます。検察官は警察から事件が送られてきてから24時間以内に勾留の要否を判断します。仮に勾留処分となった場合、公訴提起まで10日間勾留され(同法208条1項)、この勾留は最大で20日間にも及ぶ場合があります(同法208条2項)。したがって、私文書で逮捕された場合、長くて48時間(2日間)の間、警察から取調べを受けることになり、そこから更に検察官に事件が送られると次は24時間(1日)の間、検察官から取調べを受けることになります。
その後、勾留の必要有りと認められてしまうと最長20日間の身体拘束をされることがあり、最悪の場合には合計23日間、1か月弱も身柄拘束をされてしまうおそれがあり、この間の社会生活への悪影響は避けられません。
私文書偽造の量刑相場
先ほどご説明した通り、私文書偽造罪の法定刑は「三月以上五年以下」です。私文書偽造罪の場合、それだけで処罰されることは少なく、通常は私文書偽造罪とその行使で逮捕・起訴される場合がほとんどです。その場合には私文書偽造とその行使罪、若しくは詐欺罪や業務妨害罪等の犯罪も同時に成立することになります。仮に、そのような事情が存在しない場合、初犯であれば、執行猶予付きの判決を得ることは十分に可能です。
もっとも、そのためには、必要な場合には被害弁償を済ませるなどして、本人が深く反省していることを裁判官に示し、具体的な再犯防止策が講じられるなどして本人に再犯のおそれがないこと分かってもらう必要があります。そして、各場合にどのようなことが必要になるかは専門家である弁護士のアドバイスを仰ぐことが重要と言えるでしょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか。私文書偽造罪と聞いても、以前までは、これがどのような場合に成立するか具体的にイメージするのは難しかったのではないでしょうか。私文書偽造をはじめとして文書偽造の罪には、このような重い刑罰が予定された重大な犯罪といえるため、就職活動等で軽はずみな気持ちで自分の経歴を偽るといった行為は絶対に行ってはいけません。もし、あなたの大切な人がこのような行為で捕まった場合にはできるだけ早期に弁護士に相談することをお勧めします。
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