懲役刑と禁錮刑の違いを大雑把に言うならば、刑務作業が義務化されているかどうかです。一般に「破廉恥犯」と言われる犯罪に対しては、懲役刑が宣告され、罰としての強制労働が課され、そうではない政治犯や過失犯には労働が義務づけられない禁錮刑が宣告されるという建前なのです。
後に述べますが、禁錮刑受刑者であっても8割以上が志願による刑務作業を希望するという実態が、今日の「拘禁刑」一本化の議論の契機になっています。
法務省は、2021年9月27日、懲役刑と禁錮刑を一本化した新たな刑罰の創設に際して、名称を議論するために、意見交換会を開催しました。
政府は2022年3月8日、刑罰の懲役刑と禁錮刑を廃止して一本化し、「拘禁刑」を創設する刑法などの改正案を閣議決定しました。そして、2022年6月13日、「拘禁刑」を創設する改正刑法が参議院本会議で可決しました。1907(明治40)年に現行刑法が定められて以来初めて刑罰の種類が変わることになります。施行は2025年を予定しています。
しかし、そもそも懲役刑と禁錮刑は何が違うのでしょうか。そして、懲役刑と禁錮刑が一本化して、具体的にどういうことが変わるのでしょうか。従来の刑罰類型の懲役刑と禁錮刑の違いや拘禁刑の一本化について代表弁護士・中村勉が解説してまいります。
禁錮と懲役刑の違い
禁錮については、刑法第13条において、「禁錮は、刑事施設に拘置する。」と規定されています。つまり、禁錮とは、労務作業を伴わない身体拘束刑のことをいいます。
一方、懲役については、刑法第十二条において、「懲役は、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせる。」と規定されています。つまり、懲役とは、労務作業を伴う身体拘束刑のことをいいます。
したがって、これらの定義からもわかるように、禁錮と懲役の最も大きな違いは、刑事施設内において、労務作業が義務付けられているかどうかであると言えます。以下、詳しく解説します。
懲役刑とは
まず、懲役刑とはどのような刑なのかについて解説していきたいと思います。
懲役刑とは、懲役刑は刑務所に収容された上で、刑務作業が義務付けられる刑罰です。刑法12条で以下のように規定されています。
刑法第12条
懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、一月以上二十年以下とする。
2 懲役は、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせる。
2項に規定されている「所定の作業」が刑務作業のことです。
刑務作業は、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせるとともに、改善更生及び円滑な社会復帰を図るための受刑者処遇の一つです。
また、所内で規則正しい生活を送らせることにより、その心身の健康を維持し勤労意欲を養成して、共同生活における自己の役割や責任を自覚させ、職業的知識及び技能を付与することにより、円滑な社会復帰を促進することを目的としています。
受刑者等は、木工、印刷、洋裁、金属及び革工などの業種から、各人の適性等に応じて職種が指定され、就業します。他にも、通学路等の除雪作業や植生保全のための除草作業等の社会貢献作業や、出所後の就労が有利に働くよう受刑者に職業に関する免許若しくは資格を取得させ、又は職業に必要な知識及び技能を習得させることを目的とした職業訓練、受刑者等が矯正施設で生活するにあたって必要な炊事、洗濯等をはじめとする自営作業などもあります。作業時間は、1日につき8時間以内とされております。
刑務作業を実施した受刑者等には、出所後の生活資金の扶助として、作業報奨金が支給されております。この作業報奨金の支給は、原則として釈放の際、本人に対してなされますが、在所中であっても、所内生活で用いる物品の購入や家族の生計の援助等に使用することも認められています。令和2年度の作業報奨金の1人1月当たりの平均支給計算額は、約4,320円となっております。
禁錮刑とは
次に、禁錮刑とはどのような刑なのかについて解説していきたいと思います。
禁錮刑とは、刑務所に収容され身柄を束縛される刑罰で、懲役刑のように刑務作業が義務付けられる刑罰ではありません。刑法13条で以下のように規定されています。
刑法第13条
禁錮は、無期及び有期とし、有期禁錮は、一月以上二十年以下とする。
2 禁錮は、刑事施設に拘置する。
懲役刑について規定した12条と非常に近い書き方であり、特に1項は「1月以上20年以下」という期間についても変わりありません。
ところが、禁錮刑について規定した13条では、2項に「所定の作業を行わせる」という文言がありません。
ただし、これは刑務作業をする義務がないというだけであり、刑務作業をしてはいけないということではありません。実際には、希望して就業している禁錮受刑者が多く、2021年3月末時点の禁錮受刑者で見れば、約8割が希望して作業をしています。
また、犯罪白書によると、2020年の入所受刑者のうち懲役刑は99.7%(1万6562人)で禁錮刑は0.3%(53人)にとどまっており、そうした意味でも懲役刑と禁錮刑を区別する合理性はないとの見方が出るのはある意味自然かもしれません。
そもそも数ある罪のうち、法定刑として禁錮刑が定められているものが少数です。禁錮刑がよく言い渡される罪としては、運転過失致死傷罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条)や業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)、重過失致死傷罪(同条後段)が挙げられますが、逆にこれら以外の罪で禁錮刑が言い渡されるケースは実務上ほとんど遭遇しません。
しかも、これらの罪は、いずれも禁錮刑ではなく罰金刑を選択することもできるため、比較的軽微な事案は正式裁判を開いて禁錮刑を言い渡すのではなく、略式起訴により罰金刑で処理されているケースが多いです。そのため、禁錮刑が言い渡されるケースは非常に限られています。
禁錮と懲役の刑事罰はどちらが重いか
刑事事件における罰則の種類
刑の軽重については、刑法第10条、9条において、「主刑の軽重は、前条に規定する順序による。ただし、無期の禁錮と有期の懲役とでは禁錮を重い刑とし、有期の禁錮の長期が有期の懲役の長期の2倍を超えるときも、禁錮を重い刑とする。」と規定されています。この規定から、懲役刑は禁錮刑よりも重いものと考えている方も多いようです。
しかしながら、この規定はあくまで、刑法の規定上、刑の軽重を決めなければならない際に依拠する基準にすぎず、実態としても懲役が禁錮より重いということにはなりません。
実際、禁錮受刑者が、労務作業を志願することが少なくありません。ですので、禁錮と懲役のどちらが重いか一概に判断することはできないのです。
禁錮や懲役が適用されるケース
懲役刑のみが罰則として設けられている罪としては、殺人罪、強盗罪、強制わいせつ罪や強制性交等罪などがあり、これらはいずれも一般的に重大犯罪と考えられているものになります。
一方、禁錮刑のみが罰則として設けられている罪は、内乱罪や私戦予備罪などあり、これらのような政治的犯罪に禁錮刑のみが規定されている傾向があります。
拘禁刑の一本化について
それでは、これまで見てきた懲役刑と禁錮刑を一本化した「拘禁刑」について、解説していきたいと思います。
法制審議会の配布資料によれば、「新自由刑(拘禁刑)は、刑事施設に拘置して、作業を行わせることその他の矯正に必要な処遇を行うものとする」とされています。
この「その他矯正に必要な処遇」という部分がポイントで、改善指導等の各種指導を含むものとして想定されています。現行法の下でも、各種指導は行われていますが、懲役刑については、先ほど示したとおり、「作業を行わせる」と規定しており、一定の時間を作業に割かなければならないことから、各受刑者の特性に応じた柔軟な処遇を行うことには限界があるとの指摘がなされています。
作業については、規則正しい勤労生活を維持させ、社会生活に適応する能力の育成を図り、勤労意欲を高め、職業上有用な知識や技能を習得させるなどの機能があり、改善更生及び再犯防止の観点からも重要な処遇方法であるとされており、その必要性自体は維持されています。
しかし、各受刑者の特性に応じた処遇という観点からは、例えば学力の不足により社会生活に支障がある者など教育等を十全に行うべき若年者に対しては、必ずしも一律にこれを行わせるのではなく、作業を大幅に減らし、又は作業をさせずに、改善指導や教科指導を行うなど、個々の事情に応じて、柔軟な処遇を行うことも可能とすべきであるとの指摘がなされています。また、作業義務に縛られず柔軟な処遇が可能となることで、高齢受刑者への福祉支援や若年受刑者の学力向上につながる指導などにも力を入れることができると期待されています。
諸外国の制度について
法制審議会では、諸外国の制度との比較検討もなされています。アメリカ(ニューヨーク州)、アメリカ(カリフォルニア州)、イギリス(イングランド及びウェールズ)、フランス、ドイツ、韓国について、自由刑の種類が調査されていますが、これらの国のうち、懲役刑と禁錮刑を区別して規定している国は韓国のみです。
その他の国々では、拘禁刑に一本化されております。同じ「拘禁刑」でも作業義務がある国とない国がありますが、少なくとも作業義務の有無によって懲役刑と禁錮刑を区別している国は、これらの中では韓国だけということになります。また、アメリカ(ニューヨーク州)、アメリカ(カリフォルニア州)、イギリス(イングランド及びウェールズ)については、受刑者に対する教育プログラムが提供されています。こうした諸外国の法制度を比較してもやはり、拘禁刑へ一本化することは理にかなっているといえるでしょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか。現行法で規定されている懲役刑と禁錮刑がどう違うのか、そして、拘禁刑に一本化されることで具体的にどのようなことが変わるのかなど、おわかりいただけたかと思います。
日本の再犯率は高い状況が続いています。今回の法改正はそうした状況を打破する一歩になることが期待されます。実際に施工され、再犯防止にどれくらいの効果が出るのか、今後の動向に注目です。