埼玉県ふじみ野市にて、在宅医療に従事していた医師らが、患者家族に猟銃で殺害されるなどした事件が発生しました。本当に痛ましい事件です。
容疑者は猟銃発砲後、立て籠もり中に警察に対し「人質を救出してほしい」と話していたそうですが、死亡の結果が発生した以上、刑法43条但書の中止犯規定は適用されませんし、投降しなかった以上、真摯な中止行為とも言えないので法律上の減刑免除事由には当たらず、情状においてこの点を考慮する余地があるか否かだけが刑事弁護上のポイントとなります。
ところで、近時の事件報道を見るに、京王線事件や小田急線事件、そして、大阪のクリニックビル放火大量殺人事件など、落ち度のない人々を襲った凶悪な事件が目につきます。いずれも犯人に自殺願望があり、自分のみならず他人を巻き込んでの「拡大自殺」を動機とする事件であり、何らかの精神疾患も疑われ、追い詰められて自暴自棄となって実行された犯罪のようです。
これらの事件に限らず、精神疾患等が根底にあり、無辜の他者をも巻き込む凶悪犯罪は、社会防衛にとって深刻な問題であり、死刑制度をはじめとする刑罰の存在による犯罪抑止がほとんど効果を発揮できないもどかしさがあります。むしろ死刑制度の存在を前提として、大量殺人を起こして死刑になって死にたいという動機に基づく犯行があるくらいです。
個人と個人とのアナログ的な接触やコミュケーションが、ネット時代の到来で希薄となり、かつてキルケゴールが「死に至る病い」と称した個人の孤立と絶望が、コロナ禍での社会の閉塞性と相俟って一層強まっています。
措置入院制度や医療観察制度は、「自傷他害」に及んだ精神疾患患者等を保護・改善し、同時に社会を防衛するための制度でもありますが、「自傷」と「他害」が一体となった拡大自殺型の犯罪に対応するためにはまだまだ制度的に不十分です。
司法・行政は、利欲的動機に基づく伝統的古典的犯罪の予防から、現代的な新しい類型の犯罪、つまり、精神疾患等を起因とする「拡大自殺」型犯罪や依存症犯罪の予防へと視点、アプローチを変えるべきです。欧米と比べても、継続入院制度がないなど制度自体が不十分なのです。
執筆者: 代表弁護士 中村勉