死刑、それは、国家が国民の生命を奪うという最も重い刑罰です。2018年12月には、寝屋川市中1男女殺害事件において、大阪地裁での裁判員裁判で死刑判決が下されました。また、コスモ・リサーチ事件の死刑囚2人の死刑が執行されたことも、2018年の末に、大きく報道されました。2018年7月にはオウム真理教事件の死刑囚13人の刑が相次いで執行されたことも、記憶に新しいことでしょう。
世界には死刑を廃止した国も数多くあります。しかしながら、日本では死刑制度を支持する人の割合が高く、内閣府が平成26年に行った世論調査によれば、80.3%の人が「死刑もやむを得ない」と回答しており、日本では死刑が行われています。
死刑とは、どのような制度で、どのような点が問題となっているのか、詳しく解説します。
死刑制度の概要
まず、死刑はどんな犯罪にも科されるわけではありません。殺人や強盗致死などの重大な犯罪にのみ、死刑という判決を下すことができます。外患誘致罪(刑法81条、外国と通謀して日本に武力を行使させるという犯罪です)は、法定刑が死刑のみですが、それ以外の犯罪では、死刑以外の刑罰も定められています。例えば、殺人罪(刑法199条)の場合、裁判所は死刑の他に、無期懲役または有期懲役(5年以上20年以下)を選択することができます。
死刑判決が下されると、拘置所(刑務所とは異なります)に拘置されます。拘置所には、死刑囚だけでなく、検察官に起訴されて判決の確定していない被告人も収容されています。また、死刑は懲役刑とは異なり、死刑囚は作業を行う必要はありません。ただし、反省の念から進んで作業を行う死刑囚はいます。死刑囚にはラジオや映画の鑑賞なども認められています。
法務大臣は、原則として判決確定の日から6ヶ月以内に死刑の執行命令をしなければなりません(刑事訴訟法475条1項、2項本文)。迅速な執行命令を要求した趣旨は、死刑確定者をいつまでも放置しておくのは、死刑執行の恐怖に対する苦悩を与え続けることになるほか、確定判決を尊重する必要があるためです。なお、再審請求などが行われた場合、その間はこの6ヶ月には含めません(同条2項ただし書)。
刑事訴訟法475条(死刑の執行)
1 死刑の執行は、法務大臣の命令による。
2 前項の命令は、判決確定の日から六箇月以内にこれをしなければならない。但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。
しかしながら、刑事訴訟法475条2項ただし書のような手続きが特に行われない場合であっても、実際に6ヶ月以内に執行命令が出されることはほとんどありません。明らかな法令違反にも思われますが、「本条2項は法的拘束力のない訓示規定であり、法務大臣が6ヶ月以内に死刑執行の命令をしなかったとしても違法の問題は生じない」とした判決(東京地判平成10年3月20日)があります。
法務大臣の命令後、5日以内に死刑は執行されます(刑事訴訟法476条)。執行には検察官、検察事務官、刑事施設の長が立ち会い(刑事訴訟法477条1項)、絞首によって行われます(刑法11条)。
刑事訴訟法476条(死刑の執行)
法務大臣が死刑の執行を命じたときは、五日以内にその執行をしなければならない。刑事訴訟法477条(死刑の執行)
1 死刑は、検察官、検察事務官及び刑事施設の長又はその代理者の立会いの上、これを執行しなければならない。刑法11条(死刑)
1 死刑は、刑事施設内において、絞首して執行する。
2 死刑の言渡しを受けた者は、その執行に至るまで刑事施設に拘置する。
どのような事件で死刑になるのか?
法定刑に死刑が定められている犯罪であっても、当然ながらすべて死刑になるわけではありません。実際には、殺人や強盗致死などの場合、死刑以外の刑(懲役刑など)が科されることの方 が、件数としては圧倒的に多いのです。では、どのような場合に死刑判決が下されるのでしょうか。その一つの目安となるのが、永山則夫連続射殺事件で最高裁が判示した「永山基準」です(最判昭和58年7月8日)。
最判昭和58年7月8日「永山基準」
①犯行の罪質、②動機、③態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、④結果の重大性ことに殺害された被害者の数、⑤遺族の被害感情、⑥社会的影響、⑦犯人の年齢、⑧前科、⑨犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許されるものといわなければならない。
(番号は筆者による)
④の殺害された被害者の数については、被害者が複数いなければ死刑にはならない、という意味ではありません。実際に、被害者が1人であっても死刑が認められたケースも多数あります。
⑦については、まず、罪を犯したときに18歳未満の少年だった場合には死刑を科さず、無期刑を科すという少年法51条1項があります。そして、少年の刑事事件について特別の措置を講じるという少年法の趣旨からすると(少年法における「少年」とは、20歳未満の者のことです)、18歳以上20歳未満の者についても死刑を回避すべきであるとの主張があり得ますが、最高裁は光市母子殺害事件で「被告人が犯行時18歳になって間もない少年であったことは、死刑を選択するかどうかの判断に当たって相応の配慮を払うべき事情ではあるが、死刑を回避すべき決定的な事情であるとまではいえ」ないと判示し、犯行当時18歳と30日の少年に対し、死刑判決を下しました(最判平成18年6月20日)。
ところで、刑罰には一般予防効果と特別予防効果があります。一般予防効果とは、いわば見せしめとして刑罰を科すことによって、社会一般の人々が将来、罪を犯すことを予防する効果です。特別予防効果とは、一度刑罰を受けた人が、再び犯罪を行うことを予防する効果です。なお、死刑には、特別予防効果はありません。
①から⑨の各要素を考慮し、罪責の重大性が認められ、犯罪と刑罰の均衡および一般予防の見地からやむを得ないと認められる場合に限って死刑が選択されうるのです。
死刑は憲法違反?
死刑が憲法36条の禁ずる「拷問及び残虐な刑罰」に当たるのではないかと問題になったことがありました。これにつき、最高裁は、「生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。」という有名な一節から判決を始め、「火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑」のように「執行の方法等がその時代と環境とにおいて人道上の見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合には、勿論これを残虐な刑罰といわねばなら」ず、「憲法第三十六条に違反するものというべきである」ものの、「刑罰としての死刑そのものが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない」と判示しました(最大判昭和23年3月12日)。
死刑制度の是非
死刑が最も思い刑罰である以上、その是非についてはさかんに議論されてきました。死刑廃止派の主張する最大の理由は「死刑は人権侵害である」という点です。死刑囚にも「生きる権利」があるにも関わらず、国家権力が「殺人」によってその権利を奪うことが問題だと主張しているのです。
残虐な方法で他人を殺害した人の権利についての問題は、非常に難しいものがあります。人権は本来、すべての人に対して無条件に与えられているものだからです。さらに、死刑制度の問題点として誤判のおそれがあります。
つまり、死刑執行後に真犯人が見つかった場合、取り返しがつかないのです。しかし、死刑以外の刑罰の場合であっても誤判のおそれはあり、死刑以外ならば誤判が許されるということは決してありません。無実の罪に問われ、何十年もの日々を刑務所で過ごさなければならなくなったとき、その代償はあまりにも大きいものです。死刑以外ならば許されて、死刑ならば許されないという、単純な問題ではありません。
海外の死刑制度
死刑廃止派は、国際的には死刑を廃止する動きがあるため、日本も廃止すべきだとも主張しています。日本弁護士連合会(日弁連)が2018年7月26日に発表した「死刑執行に強く抗議し、直ちに死刑執行を停止し、2020年までに死刑制度の廃止を目指すことを求める会長声明」には、「2017年12月現在、法律上及び事実上の死刑廃止国は、世界の中で3分の2以上を占めている。また、OECD加盟国のうち死刑を存置しているのは、日本・韓国・米国の3か国であるが、このうち、死刑を国家として統一して執行しているのは、日本だけという状況にある。」とあります。
この文章はいくつかの注意が必要です。まず、事実上の廃止国とは、10年以上死刑を行っていない国のことです。しかし、いつ復活するとも限りません。また、「国家として統一して執行」という文言も非常に奇妙です。アメリカは50州のうち19州が死刑を廃止し、4州が執行を停止していますが、残りの27州は死刑を行っているのです。OECD加盟国に絞って議論している点も、不可解です。
なお、死刑廃止国であっても、事件現場で警察官が射殺することは頻繁に行われています。例えば、2017年にはフランスで14名、ドイツでも14名が現場で射殺されました。日本で現場射殺が行われることは非常にまれです。
中国は死刑存置国家ですが、被告人に黙秘権はなく、二審制です。日本とは大きく異なっています。
死刑制度の今後
冒頭でも述べた通り、日本では死刑制度は8割以上の国民によって支持されています。その理由は、死刑制度が非常に厳格な手続き、審査のもとで慎重に運用されているからではないでしょうか。死刑事件に限ったことではありませんが、黙秘権、弁護権、公正な裁判を受ける権利、そして、再審請求権など、被疑者・被告人には様々な権利が認められています。また、上記の永山基準のように、熟慮を重ねた結果、はじめて死刑が選択されるのです。
上記の日弁連の会長声明では、2020年の東京オリンピックまでに死刑を廃止することを求めていますが、日本人の刑罰観、死生観にも関連する重要な制度についての議論を急ぐのではなく、じっくりと国民それぞれが考える必要があるように思われます。
なお、死刑に代わり、「終身刑」を導入することを目指す動きも一部であります。現行法の「無期懲役」には仮釈放があり、10年を経過した後、行政官庁の処分によって釈放されることがあります(刑法28条)。終身刑は、この仮釈放がなく、判決確定後、一度も刑務所の外に出ることなく一生を過ごすというものです。冒頭の内閣府世論調査では、終身刑を新たに導入した場合には「死刑を廃止する方がよい」と答えた人の割合は37.7%、終身刑を導入したとしても「死刑を廃止しない方がよい」と答えた人の割合は51.5%でした。
裁判員裁判で死刑判決が出ることもあります。国民の中から選ばれた裁判員が死刑という選択をするに際しては、多大な苦悩があることでしょう。日本人の人権感覚に合致した刑罰制度を選択するために、国民的議論を続けていく必要があります。