みなさんは「ペドフィリア」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
「ペドフィリア」とは、「小児性愛障害」のことです。ここでいう「小児性愛」とは、思春期以前あるいは思春期早期の子どもに対し、性的関心を持つことです。
13歳未満の子どもに対する性犯罪、すなわち小児性犯罪の認知件数は、年間900件以上に上っており、認知されていない被害件数も含めれば、その数は数倍から数十倍に上るのではないかと言われ、近年軽視することはできない問題となっています。
「自分の周囲ではそんなことは起きていない」と思う人が大半かもしれません。しかし、小児性犯罪は、子どもはもちろん、親としても自分の子どもがそうした被害に遭ったことは隠したいと思ってしまうケースが少なくなく、身近で起きていても気が付きにくいという特徴があります。
以下、詳しく見ていきましょう。
小児性愛障害(ペドフィリア)の診断基準と類型・特徴
小児性愛障害には診断基準があります。国際的な診断ガイドラインであるDSM-5によれば、その診断基準は、
A. 少なくとも6ヵ月間にわたり、思春期前の子どもまたは複数の子ども(通常13歳以下)との性行為に関する強烈な性的に興奮する空想、性的衝動、または行動が反復する。
B. これらの性的衝動を実行に移したことがある、またはその性的衝動や空想のために著しい苦痛、または対人関係上の困難を引き起こしている。
C. その人は少なくとも16歳で、基準Aに該当する子どもより少なくとも5歳は年長である。
注:青年期後期の人が12~13歳の子どもと性的関係を持っている場合は含めないこと。
とされています。
続いて、小児性愛者の類型・特徴をご紹介します。大半の小児性愛者は男性です。魅力を感じる対象は男児、女児、または両方の場合があります。ただし、小児性愛者が嗜好する対象は異性の方が同性より2倍多いとされています。ほとんどの例において、成人の小児性愛者は対象の小児の知人であり、家族、義理の親、権威をもつ人間(例、教師)である場合があります。
小児性愛者は小児にしか魅力を感じない場合(純粋型)と、成人にも魅力を感じる場合(非純粋型)があり、自分の身内である小児にしか魅力を感じない小児性愛者もいます(近親相姦)。強引な小児性愛者は、その多くが反社会性パーソナリティ障害を有しており、小児に対して力を行使し、性的虐待の事実を他者に告げれば本人や飼っているペットに物理的な危害を加えると脅迫することがあります。
小児性愛の経過は慢性的で、加害者はしばしば物質乱用、物質依存、うつ病を有していたり、新たに発症したりすることがあります。広範な家族機能不全、性的虐待の既往、夫婦間の不和がよくみられます。その他の併存症としては、注意欠如症、うつ病、不安症、心的外傷後ストレス障害などがあります。
小児性犯罪の法定刑と厳罰化の動き
強制わいせつ罪(刑法第176条)の法定刑が、被害者が13歳未満であっても「6月以上10年以下」と成人と同じであることについて疑問の声も上がっています。性犯罪自体悪質だが、子どもを狙った犯罪は、より悪質であり、その子は人生のほとんどを、被害経験を抱えて生きねばならず、結果が重大としてより罰則を重くするべきだという指摘です。
一方、被害者が子どもであることは、不利な情状として量刑上考慮されており、強制わいせつ罪の法定刑がかなり広いことからすれば、必ずしも法改正しなければならないものではないという指摘もあります。近年、厳罰化傾向にある性犯罪ですが、小児性犯罪に着目した法改正がなされるかという観点からも、今後の動向に注目したいところです。
過去の小児性犯罪事件と判決
過去にニュースとなった小児性犯罪をご紹介します。最近の事件とはいえませんが、著名度の高いものとして、奈良小1女児殺害事件が挙げられます。この事件は、奈良県奈良市で2004年11月17日、帰宅途中の小学校1年生の女子児童が誘拐され、わいせつ被害を受けた後に殺害・遺棄されたものです。
2006年9月26日、奈良地裁は、
「被害女児及びその両親に対する一連の犯行やその他の犯行の犯情、とりわけ、被害女児殺害の犯行の殺害態様の残忍性、結果の重大性、自己中心的な動機、犯行後の情状の悪質性や、これら一連の犯行による両親らの被害感情の深刻さ、社会的影響の甚大さ等を考え併せると、本件の犯行自体の情状は極めて悪い。のみならず、①被告人は根深い犯罪傾向を有している上、本件について真摯に反省しておらず、また、更生の意欲もなく、上記犯罪傾向のもとになる人格の矯正可能性も極めて低い状況にある」とし、
「②被告人の生育歴等に不遇なところもみられ、これが被告人の人格形成に影響を与えたことは否定できず、この点は量刑上被告人に有利に斟酌しなければならない」としつつも、
「③被告人の意思がその人格形成に寄与した部分もかなり認められるのであり、上記のような事情を大幅に斟酌しなければならないとまではいえない」として、死刑判決を下しました。
①~③について若干補足します。
まず、①この事件の被告人は、これ以前にも女児に対する強制わいせつや殺人未遂で有罪判決を受けていました。被告人は、鑑定を受け、反社会性人格障害及び小児性愛との診断を受けています。また、②上記判決では、これより前の箇所で、「暴力をも伴う父親の厳しいしつけやいじめにより被告人の性格の偏りの素地が作られ、母親の死という被告人にとって衝撃的な出来事が重なってこれが増幅された面があることは否定できないように思われる」としています。
しかし、一方、上記判決は③「家庭環境やいじめが被告人の健全な人格形成を困難にするほどの決定的な影響を与えたとまでは考えられない」「むしろ、……被告人の問題行動は、母親の生前から行われていたのであり、また、小児性愛の傾向は、被告人がいじめを受けなくなった高校時代に知人からその種のわいせつビデオテープを借りて見たことが契機となって発現しているところ、この性癖により事件を惹起し、服役したにもかかわらず、その後被告人自身が勤務態度や生活態度を悪化させて周囲の理解も得られなくなって孤立し、上記のような人格を形成していったものということができ、……そこには反社会的な生き方をすることを選択した被告人の意思によるところがかなりあるものと考えられる」と考察しています。
まとめると、この事件は、小児性愛者による犯行であることが判決で認定されており、被告人の成育歴・人格形成過程にも言及していますが、結局のところ被告人の問題行動は本人の意思によるところが大きく、人格を矯正し、更生することは、極めて困難であるとされたものです。
逆に考えると、小児性愛者の犯行において、被告人の問題行動が本人の意思によるところが小さく、成育歴・人格形成過程の問題が大きいことが示せた場合には、量刑上有利に扱われるものと考えられます。
小児性犯罪の再犯率と再発(リラプス)防止への取り組み(GPS、サポートプログラム)
この奈良小1女児殺害事件をきっかけに2006年からわが国では初めて矯正施設や保護観察所で「性犯罪者処遇プログラム」が始まりました。このプログラムは、グループワークやカウンセリングによって、犯罪に至った問題点を認識させ、自分をコントロールする方法を習得させることを目的としています。年間に刑務所で500人程度、保護観察所で1000人程度を対象に実施されています。受けた人の方が、受けていない人より再犯率が低くなるというデータが出ている一方で、その有効性に疑問の声も上がっています。
たとえば、実施時期・期間の問題があります。刑期のうちいつ受講するかは施設側の意向で決められるため、10年の刑期中、途中の5年目などで受講する場合もあり、プログラムの受講期間は3か月から8か月と、服役中ずっと受け続けられるわけではありません。
また、誰もが受けることができるわけではないという問題があります。知的や精神の障害、身体疾患がある、あるいは言語能力が低いなどの人は分類で外されてしまい、真に受講が必要な人が受けたくても受けられないという現実があります。
このような性犯罪の再犯防止策は海外でも実施されており、たとえば、イギリスでは処遇プログラム以外にも、警察、刑務所、保護観察所を中心とした多数機関公衆保護機関(MAPPA)の取組み、警察、刑務所、保護観察所の保有する性犯罪者・暴力的犯罪者についての共通データベースの構築、電子監視(ただし、これは、性犯罪者のみに限定して行われているものではありません)、インターネットでの違法サイトへの接続を確認するインターネット接続監視、民間団体との連携等、性犯罪者に対して非常に多様な働きかけがなされています。
このように監視を強めることは、憲法上許されるのかという問題が絡み、簡単に導入できるものではありません。しかし、日本でも近年、GPSも利用した徹底した監視を求める声が上がっているところです。法務省は今年8月31日までに、刑務所や保護観察所で2006年から実施している性犯罪者の再犯防止の処遇プログラムについて、課題などを話し合う有識者検討会を省内に設置すると発表しました。今年9月に初会合を開き、来年夏に報告書を取りまとめる予定です。プログラムがどのように改善されるのか、興味深いところです。
小児性犯罪で逮捕されたら
小児性犯罪で逮捕された場合、なんといっても早急な示談交渉着手が重要です。性犯罪の場合、起訴前と起訴後では、示談の成否が刑事処分に与える影響が大きく異なりますが、起訴前の示談交渉は非常にタイトなスケジュールの中で行う必要があり、対応の遅い弁護人を選任したせいで手遅れになってしまったというケースは多々あります。
また、小児性犯罪では被害者の保護者が示談交渉の相手方となりますが、処罰感情が非常に強い場合が多く、高度な示談交渉スキルが求められます。仮に起訴された場合、示談の成否のみならず、具体的な治療方針を示せるかどうかが量刑に影響します。
このように、小児性犯罪の弁護活動には、高度な示談交渉スキルや治療についての知識・経験が必要であり、数ある刑事事件の中でも特に専門性が強く求められます。弁護人を選ぶ際は、このような専門的知識・経験がある弁護士であるかどうかをしっかりと確認しましょう。特に、一度破たんしてしまった示談交渉は、弁護人を途中で変えても修復不可能なケースが多いです。逮捕事案の場合、時間がないのは確かですが、最低限その弁護士の得意分野は選任前に確認しておかないと後悔する可能性が高いです。
まとめ
いかがでしたでしょうか。今回は一見自分には関係のないテーマと思われた方も多いことでしょう。しかし、近年、決して無視することのできない問題となっており、一口に「問題」と言っても、それは立法面や治療面など多岐にわたっていることがお分かりいただけたかと思います。
中村国際刑事法律事務所では、最近このように様々な問題をはらむ小児性犯罪にも力を入れており、多数の示談成立実績やクリニックとの連携があります。小児性犯罪に強い弁護士をお探しの方は、まずは弊所にご相談下さい。専門的知識・経験ある弁護士が全力であなたをサポートします。