皆さんは「寸借詐欺(すんしゃくさぎ)」という言葉を聞いたことはありますか。
寸借詐欺とは、「財布を落としてしまった」「財布を盗まれてしまった」などと嘘をつき、「あとで返す」といって金品をだまし取る詐欺のことを言います。
「私は詐欺に遭わないから大丈夫」と思っている方も被害に遭うことが多いのが寸借詐欺です。なぜなら、詐欺師は、最初は観光客のふりをして被害者に同情を誘い、油断させてから、巧妙に金銭を要求してきます。寸借詐欺は「帰りの電車賃、タクシー代を貸して欲しい」などと要求するため、金額は数千円から数万円と少額なので断りにくいのです。
本コラムは弁護士・山口亮輔が執筆いたしました。
寸借詐欺の主な手口と事例
では、寸借詐欺の典型的な手口を見ていきましょう。
まず、寸借詐欺は他人の善意に漬け込む犯罪です。「ひったくりに遭ってお金がないから家に帰れない」などとうそをつき、お金をだまし取ろうとしてきます。
困っている人を見かけたら、「お金を貸しましょうか」と申し出るような親切な方もいるでしょう。この場合、後に詐欺とわかっても、「私から貸してほしいといったわけではない」と言い逃れされることもあります。
「少額だし貸してもいい」と思える程度の金額を提示し、財布の紐を緩めさせるのが犯行の手口なのです。
また、相手を信用させるため、うその肩書を騙る場合もあります。貸す側が十分に用心して、連絡先や身分証の控えを取っていたとしてもそれ自体が偽物だったというケースも往々にしてあります。
例えば、過去には、「自分はテレビにも出ている大学教授だ」、「上場企業で働いている」などと嘘をついて油断させたケースがありました。
今後はSNSの発展によって、「Youtuber」、「TikToker」を騙る事件も増えるかもしれません。
寸借詐欺の罪と量刑
寸借詐欺は刑法上の詐欺罪に該当するほか、軽犯罪法違反、都道府県の迷惑行為防止条例違反に該当する可能性があります。
刑法第246条
1 人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
寸借詐欺は事件化されるのか
寸借詐欺はその他の犯罪と比べて事件化されるケースは少ないです。その理由として、詐欺罪と断定するのが難しいことがあげられます。
詐欺罪が成立するためには、①人を欺いて、②被害者を錯誤に陥らせ、③錯誤に基づいて財物を交付させる、④前記①ないし③に一連の因果関係が必要となります。
寸借詐欺の疑いで犯人を検挙したしても、「まだお金は返せていないが、返すつもりだった」、「支払能力もある」と弁解をすることがあり、この弁解を崩して「最初から返すつもりはなかったにもかかわらず『後で返す』と嘘をついた」ことを立証する必要があるのです。
「後で返す」意思がないことを立証するためには、「ひったくりに遭った」「財布を落とした」などの言葉掛けをしたにもかかわらず、財布や十分な現金を所持していたことは嘘をついてお金を騙し取ろうとしたことを推認する事情となります。また、「帰りの電車賃だけで良い」などの言葉掛けをしたにもかかわらず、複数の通行人からお金を借りていたことも同様にお金を騙し取ろうとしたことを推認する事情となります。
さらに、「電話番号を伝えるので電話ください」として名刺等を渡されたものの、全くの出鱈目だったことも同様にお金を騙し取ろうとしたことを推認する事情となります。
寸借詐欺が事件化されることが少ないもう一つの理由は、被害者が被害を申告することが少ないことが挙げられます。
寸借詐欺が行われる場所は主に、歓楽街、観光地、公共交通機関などの人混みのある外であることが多く、お金の貸し借りの際に作成される、借用書や身分確認などをしていないことが多いのです。そして、仮に身分証明書の写真等を撮っていたとしても、そもそも身分証明書自体が出鱈目、ということもあり得ます。
騙し取る金額が少額であるがゆえに、「しょうがない」と被害を名乗り出ない被害者も多くおり、警察に手口や犯人に関する情報が集まらないことも一因です。詐欺と断定できなければ、警察が被害届を受理しないこともあります。寸借詐欺においては事件化されていないケースが多くあるでしょう。
しかし、次のように、寸借詐欺でも逮捕されることはあります。
寸借詐欺で事件化された実例
寸借詐欺でも事件化される可能性は十分にあります。寸借詐欺で実際に事件化された例を見てみましょう。
交通事故に遭ったとうそをつき、交通費をだまし取った事例
鹿児島県での事件例です。ある男性が2019年12月から1月にかけて、理髪店や病院、運送会社を訪れ「娘が交通事故に遭ったので急いで帰りたい。熊本まで帰る金がないので1万円貸してほしい。」などとうそをつき、合わせて現金3万円をだましとったとして詐欺罪に問われ、逮捕されました。
この後、男性は起訴され懲役3年8カ月の実刑判決を言い渡されました。
ひったくりに遭ったとうそをつき、交通費と宿泊費をだまし取った事例
次に福岡県での事件例です。「ひったくりに遭い、財布や携帯電話、身分証入りのバッグを盗まれた。自宅までの交通費と、ホテル代を貸してほしい」とうそをつき10人以上からお金をだまし取っていた男性が、詐欺容疑で逮捕されたというものです。
近年では、SNSを利用して、アーティストのコンサートチケットやグッズを譲るように装って、お金を振り込ませた後に連絡がつかなくなるというケースも見られます。
寸借詐欺が民事で訴えられる可能性
では、民事事件として被害者から訴えられることはあるのでしょうか。
寸借詐欺においては犯罪被害者と加害者は詐欺行為以前に面識がないことがほとんどです。そして、お金を渡してしまった後は、犯人は姿をくらませることが通常です。預かっていた情報も出鱈目であるのですから、被害者が加害者に直接連絡を取り合って返金を求めることは簡単ではありません。しかし、加害者が逮捕されているケースでは別です。
寸借詐欺で弁護士に依頼するメリット
弁護士に依頼すると、下記のことが期待できます。
まず、当初から返済意思、返済能力があったにもかかわらず、返済が遅れたとして寸借詐欺を疑われて警察署から呼出しまたは家宅捜索、逮捕に至ることがあります。
警察官は被疑者として取り調べる前には、通常は「言いたくないことは言う必要はない」などと告げますが、初めからまるで犯人、犯罪者扱いをして疑われることが多いです。いくら「返済意思を有していたが連絡が遅れてしまった」などと正直に答えたとしても、「反省していない」「事実を認めた方が罪が軽くなる」など、まるで犯罪者のように扱い、「踏み倒した方がお金が浮く気持ちが少しはあったでしょ」などと詰問した結果警察官が作文した供述調書には、「後で返すつもりはありましたが、正直に言うと返せなくなっても良いという気持ちもありました」などと自白調書が作成されることがあります。
このような自白調書が作成された場合には、後日になって争うことが困難になります。
そこで、一次的に金銭に困窮して借り入れたものの、返済や連絡が滞ったことで刑事告訴された場合や強制捜査がなされた場合には、弁護士と相談の上、取調べに応じるか否かも含めて検討するのが望ましいでしょう。また、当初は返済するつもりであったとして詐欺の意思を否認する場合であっても、返金がなされていないことも事実ですので、弁護士による返済計画の提示や相手方との和解を視野に入れて交渉していくことも考えられます。
まとめ
寸借詐欺で逮捕や起訴された場合には、刑事事件に強い弁護士の協力が不可欠です。
これまで説明してきたように、被害者との和解・示談や、捜査機関や裁判所とのやり取り、更生計画による再犯防止策の策定などの、弁護活動はもちろんのこと、場合によっては債務整理などの生活状況の改善をすることで案件終結後の生活まで考えた活動をします。
そして、最も大切なことは、「とにかく早い段階で相談すること」です。
あなたが今、寸借詐欺の疑いをかけられて捜査されている状況であれば、一刻も早く弁護士に相談することをお勧めします。