ソフトバンク株式会社(以下、ソフトバンク社という)の第5世代(5G)移動通信システムに関する機密情報を不正に持ち出した、不正競争防止法違反(営業秘密領得)に問われている事件の初公判が、2021年12月7日に東京地裁で開かれました。その件に関し、弁護士が争点や見解を述べます。
本コラムは代表弁護士・中村勉が執筆いたしました。
事案のあらまし
2020年1月頃、2019年末にソフトバンク社を退職し、楽天モバイルに転職した社員が、秘密保持契約を締結したにも関わらず、退職申告から、退職するまでの間に営業秘密に関する情報を不正に持ち出していたことが発覚しました。その後、同社員は不正競争防止法違反で逮捕され、この件についてソフトバンク社は自社サイトニュースでコメントを公表しています。同社員は、2021年2月2日に起訴されました。(楽天モバイルへ転職した元社員の逮捕について | ソフトバンク)
また、2021年5月頃、ソフトバンク社は、楽天モバイルと情報を持ち出した元社員に対し、ソフトバンク社から持ち出した営業秘密の利用停止及び廃棄等、また、約1,000億円の損害賠償請求権の一部として、10億円の支払いを求める民事訴訟を提訴しています。(楽天モバイルと楽天モバイル元社員に対する訴訟を提起 1,000億円規模の損害賠償請求権を主張| ソフトバンク)
争点と弁護士の見解
2021年12月7日の初公判では、被告人は情報の持ち出しを認めましたが、「営業秘密とは認識していなかった。」と主張しました。弁護人も、当該情報は多くの社員がアクセスできるものであり、他社にとって利用価値もなかった等述べ、営業秘密の要件を満たさず、また、仮に要件を満たすとしても故意がなかったとして無罪を主張しました。
これに対し検察側は、被告人が「楽天モバイルでも基地局関連や5Gに携わる業務を担当すると推測し、ソフトバンクのネットワーク情報を利用しようと考えた」と主張しています。検察側は、被告人がいずれも部外秘とされた情報を持ち出していて、転職の直前には、知人の楽天モバイル社員に「機密情報を持ち逃げしましたので、ガッツリ、やりましょう!」などとメッセージを送信していたことを指摘とし、転職後に利用しようと考えていたことが伺えると指摘しました。
「営業秘密」に当たるか
不正競争防止法上の「営業秘密」に当たるには、①秘密として管理されていること(秘密管理性)、②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)、③公然と知られていないこと(非公知性)が必要とされています(不正競争防止法2条6項)。
本件の弁護人の主張からすると、営業秘密の要件のうち、上記①及び②の要件を争っているものと思われます。故意についても争っているようですが、この点については、検察側の指摘する被告人が転職の直前に知人の楽天モバイル社員に送信したというメッセージ内容が証拠から認定できるようであれば、争うのは難しいでしょう。
したがって、本件の主な争点は、営業秘密の要件のうち、①秘密管理性及び②有用性の要件を満たすかどうかになるものと思われます。特に、秘密管理性については、ソフトバンク社のような大企業ですと、要求される秘密管理体制の水準が高くなると思われますので、今後の裁判所の判断が注目されます。