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司法過程が被告人の更生に及ぼす影響について

司法過程が被告人の更生に及ぼす影響について

犯罪という社会規範からの逸脱に対して端的に呼応するものは「刑罰」です。そして、罪を犯した者が社会規範に復帰、すなわち「更生」する契機として先ず想起されるのは係る受刑の段階です。したがって、刑事被告人の更生は有罪の判決を受けたときから開始されるというのが一般的な認識でしょう。少なくとも我が国の刑事司法制度はこれを前提とした構造となっています。

もっとも、有罪判決と受刑という終局の客観的契機を待たずとも、捜査機関による立件から公判に至る過程のなかで、被告人において主観的に更生が志向されることも十分想定されます。おそらく多くの方にとって、捜査のための身柄拘束に伴う現実的不利益や、犯罪被害の補償に家族が奔走する姿等は悔悟や自責の念を生じさせる要素になるでしょう。

加えて、我が国には刑事司法に準じて、少年法に基づく「少年司法」なるものが存在しますが、係る制度においては、終局以前の手続過程自体が、非行少年の更生を促すものとなるべく明確に企図されています。

本稿では、「刑事司法過程」について、少年司法のそれをも包含したものと、やや拡大的な解釈をしたうえで、その終局以前の手続過程そのものが、罪を犯した者(少年)に更生を促す機能を果たしている実例について考察します。

ついては下記の文献に依りながら、まずは明確な例証の宝庫である少年司法(少年保護事件手続)に取材し、続いて狭義の刑事司法(成人の刑事手続)について扱います。そして最後に参考として米国の刑事裁判における取組みについて触れることとします。

引用・参考文献
①伊藤冨士江編『司法福祉入門―非行・犯罪への対応と被害者支援―』(上智大学出版、2010)
②澤登俊雄『少年法入門』(有斐閣ブックス、1994)
③清水將之編「家裁調査官」『こころの科学No.72』所収(日本評論社、1997)
④須藤明・岡本吉生・村尾泰弘・丸山泰弘編
『刑事裁判における人間行動科学の寄与―情状鑑定と判決前調査―』(日本評論社、2018)
⑤藤原正範『少年事件に取り組む―家裁調査官の現場から―』(岩波新書、2006)
⑥村尾泰弘『非行臨床の理論と実践―被害者意識のパラドックス―』(金子書房、2012)

少年司法制度

少年司法の手続は家庭裁判所において行われ、正式には少年保護事件手続と呼称されます。係る手続はパターナリズムを基礎とする「少年法」が根拠となるもので、同法が趣旨とするところは少年の健全育成です。

つまり、少年司法は罪を犯した少年の教育を旨としており、応報を目的とする刑法および成人向け刑事手続とは趣を異にしております。

社会調査

少年保護事件手続は調査過程審判過程に二分して捉えることができ、前者は対象となる少年に係る資料収集段階、後者は収集された資料に基づき終局判断が行われる段階です。少年法(8条)は「調査前置主義」を定めており、家庭裁判所は係属した少年についてまず「調査」を行わなければなりません。

この調査のうち、家庭裁判所調査官(以下、家裁調査官)によって実施されるものは「社会調査」と呼ばれ、対象少年について総合的かつ詳細な内面および身辺の調査が行われます。調査主体となる家裁調査官は心理、教育、そして福祉等人間行動科学に精通した専門家です。社会調査の段階は総じて、当該少年の改善されるべき点を客観的に洗い出す機会が提供されることに他ならず、これだけでも本人および周囲の認識を新たにさせる契機が生じていると言えるでしょう。

さらに、係る調査は主として少年と家裁調査官との1対1の面接を通して行われるところ、家裁調査官はその専門的知見を駆使して、少年およびその保護者の内省が深まるような教育的ないし指導的なアプローチを交えつつ調査を進めます。また、家裁調査官は司法的権威を背景に面接を行うため、平時において自発的改善に至らない少年もより真摯な態度を促されることになります。加えて、観護措置により少年が少年鑑別所に入所する場合、同所内での心身鑑別および行動観察も重ねて行われるかたちとなり、当該少年はより多面的に更生に資する診断を得ることとなります。

審判

少年保護事件手続の終局は、審判です。少年法は22条において審判について「懇切を旨として、和やかに行う」と定めており、成人の刑事手続における公判とは雰囲気が異なるものになっています。審判は、原則1名の裁判官による問いかけと、少年による応答といった非構造的な対話を中心に進められ、裁判官は折に触れて少年に説諭や激励を行います。また、必要があれば調査を行った家裁調査官も同席し、少年を励まします。

なお、審判には原則として少年の保護者も出席し、少年同様、裁判官からの質問に応答することを求められます。まさに親子一体となって事件に向き合うかたちとなるのです。加えて、少年の更生意欲喚起のために必要と認められれば、少年の在籍校の教諭や、勤務先の雇用主が審判に出席し、少年を応援することもあります。

審判においては少年院送致や保護観察といった終局決定が行われますが、調査から審判に至る過程において家裁調査官によるアプローチ(教育的措置あるいは保護的措置という)が功を奏し、当該少年が更生したと判断できた場合には、「不処分」という終局が選択されます。

さらに、調査の面接場面において既に少年の更生が明認できた場合には、審判の場すら設けない「審判不開始」という決定も行われ得るのです。実際のところ、少年保護事件手続における終局決定の過半数が「不処分」か「審判不開始」となっています。

試験観察

試験観察とは終局決定の判断を一時留保したうえで、より的確な処分決定のために保護手続に付されている少年の動向を家裁調査官が一定期間観察を行う暫定措置のことをいいます。この措置は家庭裁判所における少年保護プロセスの処遇的性質を端的に示すものです。

およそ半年以内の期間のなかで、対象の少年は家裁調査官の定めた遵守事項を履行しつつ、最終決定の場となる次の審判を待つことになります。試験観察に際して、家裁調査官はケースに見合った遵守事項を設定し、積極的に少年の更生を企図していきます。遵守事項は社会性涵養のためのボランティア活動への参加であったり、内省を深めるための日誌作成であったりします。

終局決定が留保された状況は、対象の少年および保護者において強い心理的強制を生じさせ、確固とした更生への意欲を喚起させる要素となります。

被害者照会

家裁調査官は、少年事件の被害者に対して被害状況等の照会を行います。係る照会の回答内容が調査過程でどのように用いられるかは個別的に決定されますが、家裁調査官によって少年本人に伝えられることもあります。少年が被害者の立場を理解する契機として決定的なものとなると同時に、更生に強い影響力を持つものとなることは言うまでもないでしょう。

各種講習等

家庭裁判所は、様々な非行ケースに対応した講習やプログラムを設け、少年の保護手続に臨んでいます。交通事犯の少年に向けた交通講習や、性的逸脱傾向のある少年への性教育、犯罪被害者の講演聴講や保護者会、親子でのキャンプイベント等、種々の企画から少年の更生を模索しています。

小括

以上述べたとおり、少年保護事件手続は単なる終結処分決定手続に留まらず、既に更生を促す処遇手続ともなっていることがわかります。現に多くのケースが審判かそれ以前の過程(審判不開始)で終局を迎えているという事実は明らかでしょう。

なお、かくなる少年保護事件手続における取り組みは成人の刑事手続にも応用可能なものがあります。制度的な裏付けはないにせよ、主体的な実践にあたっての示唆に富むと言えるでしょう。

刑事司法制度

我が国の刑事司法制度は、罪刑法定主義に基づく応報を主幹とするシステムになっています。成人の刑事裁判は、被告人に対し、専ら制裁を科すことを目的とする刑罰が、いわば無機的に手当てされる過程であるといえ、そこに被告人の更生に資するような要素が多数含まれているとは言い難いです。

情状鑑定

情状鑑定というプロセスは、応報刑論に基づく我が国の司法手続の過程において被告人の更生に強い影響を及ぼす段階として特筆すべきものであると言えます。

近年、刑事司法において福祉的要素導入の動きが強まっていることに加え、裁判員裁判において、裁判員が量刑判断の参考として「被告人の人となり」の解明を求める動きが散見されるなかで、被告人を人間行動科学の知見をもって分析することを志向する情状鑑定は、その意義を強めつつあると言えます。さらに、将来的な「判決前調査制度」の導入を展望する流れのなかで関連研究が蓄積され始めています。

情状鑑定は、裁判所からの命令により実施される正式鑑定(刑事訴訟法165条)と、当事者(弁護人)が独自に依頼して行われる私的鑑定とに分類できます。前者は裁判所が必要と判断している以上、実施に際して様々な便宜が図られる一方、私的鑑定はあくまでも被告人側が裁判手続とは独立して実施を要請するものであるため、種々の制約が伴います。鑑定人はいずれの場合も精神医学や心理学の専門家が務めることが多いようです。

正式鑑定

正式鑑定について、岡本(2018、前掲文献④p.54以下)では、約3ヶ月の鑑定期間において、被告人本人との心理検査も交えた面接を10回程度、加えて、被告人の家族との面接を5回(うち1回は被告人も同席した合同面接)行ったほか、さらにその他被告人の社会資源となる関係者等と複数回面接した事例が報告されております。

情状鑑定において被告人本人との面接はもっとも基幹となる作業であるところ、岡本はその要諦について、カウンセリング技術を用いた「被告人との信頼関係の成立」であるとしたうえで、次のように述べられています。

刻々と変化する被告人の心理状態をキャッチしながらそれにチューニングを合わせて応答することで、被告人自身が自然に内面を語れるように整える。(中略)このようにして、被告人の生活や心理を丸ごと理解していくのであるが、そのような全体としての被告人を理解することが、実は、被告人が事件について正しく語ることにもつながる。(岡本、2018)

面接を重ねるなかで被告人は自らの罪について内省を深めることになります。また、心理検査の結果をもって検察官による疑いが退けられた例についても触れ、係る検査が客観的証拠として有意義なだけでなく、被告人自身の内面理解を促進するものでもある旨を述べられています。

他方、被告人面接と別途実施された家族面接や関係者面接においては、被告人を取り巻く社会的環境の分析が行われており、延いては被告人の更生を支援する人間関係が醸成されることを促す様も見て取れます。

私的鑑定

須藤(2018、前掲文献④p.65以下)では、私的鑑定が正式鑑定と比して多くの制約を受けることを指摘しつつも、弁護人が鑑定結果をより柔軟に活用できる利点があるとし、さらに、鑑定人が弁護人と早期から連携することによりコンサルテーション機能が十全に果たされるならば、と述べられています。

これに沿うかたちで、村尾(前掲文献④p.78以下)でも、 情状鑑定のプロセスの中で被告人の反省が深まることや社会への見方が肯定的に変容することは、実務上しばしば認められるところである(村尾、2018)と説いています。村尾は自身の担当した性犯罪ケースの情状鑑定(私的鑑定)において、臨床心理学(家族療法)の技術をもって、被告人の犯罪傾向の淵源となった家族関係(母子関係)の修復を行った事例についても報告しており、情状鑑定というプロセスが秘める更生に資する影響性の大きさに驚かされます。

小括

少年司法においては、非行を少年の成長の契機と捉えられています。成人の事件においても、犯罪という人生における危機場面は、被告人と、その周囲の人間関係(多くの場合は家族)にとって、蓄積された葛藤の棚卸しの契機であると言うことができます。そのような重大局面において、人間行動科学の専門家が治療的に関与することが、当事者のその後(更生)にいかに肯定的な影響を及ぼすかは想像に難くないです。特に上述した情状鑑定のプロセスが被告人の更生に影響を及ぼしていることはもはや明白でしょう。

米国の刑事裁判における取り組み

米国では、「回転ドア現象」と呼ばれる、刑罰の有効性に疑問を生じさせる再犯の多発への解決策を模索するなかで、ドラッグコートをはじめとする「問題解決型裁判所」という新しい刑事司法モデルが登場しておりますが、こうした取組みは「治療的司法」と題される理論に依拠しています。

治療的司法

「治療的司法」は、責任主義に基づく応報的な司法とは異なり、犯罪にはしる者を人間行動科学により分析し、そこで明らかになる生物・心理・社会学的な負因を、あくまでも適正手続が確保されるなかで除去することを目指すものです。この具体的実践のさきがけとなったのが、1989年にフロリダにおいて設置された「ドラッグコート」という機関です。

ドラッグコート

ドラッグコートの誕生は、薬物事犯における度重なる再犯(回転ドア現象)と、付随する治安の悪化の対処に従来的司法の限界を認識した、フロリダの裁判官たちによる実務における取組を起源としています。

ドラッグコートは、薬物事犯の原因である依存症状を刑罰によって解消するのではなく、人間行動科学に基づく治療プログラムによって改善することを目的とする。立件の初期段階でドラッグコートの利用を選択した被告人(クライアント)は、刑罰の宣告を留保されたうえで、裁判官が主宰し、検察官および弁護人、そして司法ソーシャルワーカーが連携して運営する回復プログラムの履修を課されます。

薬物依存解消を最終段階とするプログラムの課程において、クライアントの前進と後退はそれぞれに対応する賞罰が定められています。プログラムはトライ&エラーを前提としているため、薬物再使用に対するサンクションは漸進的に設定され、多少の失敗は受容されるかたちになっています。当然、失敗が反省なく繰り返されると最終的にはプログラムの打ち切りと、本来の刑事手続の再開が決定されることになります。

他方で、前進と後退を繰り返しつつもプログラムを修了できた際には、留保されていた刑事手続は正式に中止され、被告人は前科が付けられることなく社会復帰することになります。ドラッグコートの取り組みは薬物事犯以外の事案にも応用され、家庭内暴力事犯に対処するDVコートや、ギャンブル依存症由来の財産犯向けのギャンブリングコート等も誕生しています。

判決前調査制度

米国には判決前調査という、刑事裁判に人間行動科学の知見を組み込む制度が存在します。この制度は判決前に被告人の犯罪時の社会的境遇や成育歴等のプロフィールについて、人間行動科学の専門家が調査を行うというもので、裁判所の的確かつ個別的な量刑判断を支援するものとなっています。

判決前調査の淵源は1840年頃にまで遡るとされ、ある私人が判決前の被告人を引き取って世話を行い、その更生模様をレポートし裁判所に届けた、という取組みがはしりとなったようです。公的制度としては、1870年代に、裁判所に所属する「プロベーションオフィサー」という専門職によって行われる調査が法的根拠をもって開始されています。その後、政治的な影響を受けつつも制度は維持され、1960年代にはプロベーションオフィサー以外の専門家(弁護人と協働するソーシャルワーカー等)による調査も行われるようになり、現在に至ります。

したがって、今日の米国では、裁判所の一機関であるプロベーションオフィサーによる調査と、弁護人側の司法ソーシャルワーカーによる調査が並立して行われるかたちとなっています。なお前者については、近年において内容が犯罪事実ばかりとなり、もはや当初の趣旨を果たすものではなくなった、との指摘が強まっています。

もっとも、曲がりなりにも「調査」は行われるのであって、結局のところ後者の調査と相まって、「被告人の人となり」についてより濃密に分析する契機を相補的に形成していると捉えるのが妥当であるようです。

小括

以上のように、米国の刑事裁判の過程においては被告人に対する様々なアプローチが展開されています。
特に、「判決前調査制度」は、我が国においては少年司法の領域に限って実践されているものが、成人の刑事裁判においても適用されていると言えるのであり、刑事司法手続の過程が被告人の更生に如実に影響を及ぼすものとなっております。

まとめ

以上、司法過程が更生に及ぼす影響について、我が国の少年司法および刑事司法制度、そして米国の刑事司法制度に至る雑多な事例を挙げつつ拙い考察を行いましたが、総じて、受刑以前に被告人をして更生を志向せしめるきっかけがあることは十分に肯定されたと考えられるのではないでしょうか。
司法過程が積極的に更生に役立つものとなるように企図されるべきことも明らかです。

犯罪・非行臨床の面接は、『鑑定する』『鑑定を受ける』という非対称の関係性を出発点としながら、より意味ある体験を通して両者の関係性が変容していく過程である。意味ある体験とは、鑑定面接を通じて改めて自分の人生をふりかえりつつ、新しい人生の物語を紡いでいく過程です。人生の一端を理解してもらえたという自己の体験の基盤があってこそ、被害者に与えた影響の大きさに気づき、後悔などの思いがはじまるといっても過言ではないと考えます。

―須藤明「心理鑑定における臨床面接の意義」
橋本和明編『犯罪心理鑑定の技術』所収(金剛出版、2016)

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