刑事手続の全面IT化に向けた法務省の検討会は、2023年、書類の電子データ化・発受のオンライン化や捜査・公判における手続の非対面・遠隔化について盛り込んだ取りまとめ報告書を提出しました。
IT化は司法、とりわけ刑事司法の分野でもっとも遅れています。特に被疑者被告人接見は未だに拘置所や留置場に弁護士が赴かなければならず、前近代的な運用がまかり通っています。そして、裁判所はようやくその重い腰をあげてIT化の第一歩を踏み出そうとしています。
今回は、この刑事手続のIT化をテーマに、最新の議論の状況から重要なものをピックアップし、代表弁護士・中村勉が解説いたします。
書類の電子データ化、発受のオンライン化
まず、現行の法律・規則において紙媒体で作成・管理・発受することが予定されている「書類」等について、電子データとして作成・管理し、オンラインで発受することができるものとし、かつ、紙媒体による場合と同一の効力を有するものとすることが提案されています。
捜査報告書、供述調書等をはじめとする、捜査等の過程で作成され、主に証拠として利用されることが想定される書類や、起訴状、令状、不服申立書等をはじめとする、訴訟行為や処分のための書類は、現在紙媒体で作成・管理・発受されていますが、署名・契印や運搬等にも、それらの書類の謄写にも物理的作業を伴うため、実務においては、それらに多大な手間と時間を要する場合が少なくありません。
その一方で、情報通信技術の高度化・汎用化が進んだ現代においては、これらの書類を、紙媒体ではなく電子データとして作成・管理し、そのままオンラインで発受することは、技術的に十分可能であり、それが法的にも許容されるのであれば、紙媒体の書類を取り扱うことに伴う負担を解消し、事務を大幅に合理化することにつながることのほか、オンラインで閲覧・謄写の機会を与えることにもつながることが期待されています。
次に、現行の刑事訴訟規則は、「書類」が紙媒体で作成されることを前提に、「書類」には作成者が「署名押印」をしなければならないものとしています(刑事訴訟規則第58条、第60条)が、当該電子データについて、「署名押印」に代わる措置として、例えば、電子署名など、当該電子データの作成の真正や改ざんの有無を事後的に検証することを可能とする技術を利用した措置を講じることが提案されています。
書類に署名押印が必要なのは、単に作成者の氏名を表示するだけでなく、当該書類の作成の真正を担保し、改ざんを防止するための措置として義務付けているものと解されるため、署名押印省略することはできず、それに代わる措置が必要になります。
供述調書への供述者の「署名押印」についても、これに代わる措置として、そのような供述者の承認があったことを事後的に確認することを可能とする技術を利用した措置を講じることが議論されています。さらに、オンラインでの発受を原則とすることについても議論されています。
刑事手続において取り扱われる書類、特に、刑事手続に携わる者がその職務の過程で作成する書類については、紙媒体の書類と電子データとして管理される書類が混在することを避けるためにも、可能な限り、始めから電子データとして作成・管理され、発受されることが望ましく、そのような観点からは、少なくとも、裁判所と訴訟関係人や捜査機関との間、訴訟関係人相互や訴訟関係人と捜査機関との間における書類の発受については、オンラインで行うことを原則とすることが、目指すべき方向性であるとされています。
令状の請求・発付・執行について
捜査機関が捜索・差押え等の強制処分を行うには、裁判官が発する令状が必要です。
捜査機関は、これを得るために紙媒体で作成した令状請求書を疎明資料とともに裁判所に持参して令状を請求しており、また、令状は紙媒体で発付され、処分を受ける者に示すこととされているため、捜査機関は、令状を受け取ると、処分の対象者・対象物が所在する場所まで物理的に運搬した上で、処分を受ける者に示して当該強制処分を行っています。
ところが、疎明資料の作成場所や処分が行われる場所が裁判所から遠く離れている場合等においては、裁判官による強制処分の許否についての審査それ自体とは別に、その前後の紙媒体の請求書や令状の物理的運搬に長時間を費やすこととなり、そのことが捜査の迅速な実行に支障を来す一因にもなっているのが現状です。
その一方で、令状の請求・発付・執行において情報通信技術を活用し、裁判官による令状の発付を、電子データとして作成した電子令状をオンラインで捜査機関に送信する方法によりすることや、電子令状の発付の請求を、請求書及び疎明資料を電子データとしてオンラインで裁判官に送信する方法によりすること、さらに、電子令状の呈示を、これを紙面に印刷し、又は電子計算機の映像面に表示したものを示すなどの方法によりすることは、技術的に十分可能であり、それらが法的にも許容されることとなれば、裁判官に強制処分の許否の判断を求めるまでの時間や、これが許可された場合の執行までの時間が大きく短縮されることとなり、被疑者・被告人等の処分を受ける者の権利利益の保護にも資することとなると考えられています。
そこで、裁判官による令状の発付について、これを電子データとして作成した電子令状をオンラインで捜査機関に送信する方法によりすることができるものとし、電子令状の発付の請求は、請求書及び疎明資料を電子データとしてオンラインで裁判官に送信する方法によりすることができるものとし、電子令状の呈示は、これを紙面に印刷し、又は電子計算機の映像面に表示したものを示すなどの方法によりすることができるものとすることが提案されています。
閲覧・謄写・交付について
現状、開示の対象となる証拠書類の多くは、紙媒体で存在し、検察庁において保管されていることから、弁護人がこれを「閲覧」するためには、検察庁に赴く必要があり、「謄写」するためには、複写機を用いることになります。もっとも、刑事手続において取り扱われる証拠書類の多くが電子データとして作成・管理・発受されるようになった場合には、その「閲覧」・「謄写」は、電子データのまま行うこととすることが合理的であると考えられます。
これらの電子データの「閲覧」・「謄写」や証拠の一覧表の「交付」をオンラインで行うことが可能となれば、開示する側にとっても開示を受ける側にとっても証拠開示に伴う事務負担やコストを大幅に軽減し、ひいては、円滑・迅速な適正手続の進行に資することとなると考えられます。
取調べ等について
刑事訴訟法が規定する取調べの際の供述の記録・証拠化の方法について、これを紙媒体ではなく電子データとして記録する方法によっても行うことができるようにするため、供述者の「署名」・「押印」に代わる技術的措置を講じるものとするなどの規定を設けることが提案されており、対面による取調べを行う場合はもとより、ビデオリンク方式により取調べを行う場合においても有用であると考えられています。
検察官による弁解録取や裁判所・裁判官による勾留質問についても、一定の要件の下で、検察官が検察庁に、裁判所・裁判官が裁判所に所在し、被疑者を警察署等に所在させ、ビデオリンク方式により行うことができるものとすることが提案されています。
被疑者・被告人との接見交通について
刑事施設・留置施設が弁護人等の法律事務所から遠く離れている場合、移動に長時間を費やすこととなり、そのことが直ちに弁護人等の援助を受けることの支障となり、十分な公判準備をすることを困難にしているという現状があります。しかし、身体の拘束を受けている被疑者・被告人が、身体拘束の早期の段階で弁護人等の援助を受けることができるようにし、その権利の実現を図ることは重要です。
そこで、刑事施設・留置施設に収容中の被疑者・被告人とビデオリンク方式で接続して「接見」し、電子データの送受信により「書類の授受」をすることができるようにする必要性は大きく、そのような「接見」や「書類の授受」は、同項に規定する権利性のあるものとして位置付けるべきであるとの意見が出されています。
打合せ・公判前整理手続について
刑事訴訟法第316条の7は、「公判前整理手続期日に検察官又は弁護人が出頭しないときは、その期日の手続を行うことができない」と規定しており、ここにいう「出頭」は、通常は、期日が行われる場所に物理的に所在することを意味すると解されます。しかし、検察官及び弁護人がビデオリンク方式によっても「出頭」できるのであれば、裁判所までの移動の負担の解消や柔軟な期日指定が可能となり、迅速な公判準備にも資すると考えられるとの意見が出されています。
ただし、常にビデオリンク方式でも許されるというわけではなく、公判前整理手続は、「事件の争点及び証拠を整理するため」(同法第316条の2第1項)、訴訟運営に責任を負う裁判所が主宰する手続であり、裁判所は、期日を開いて検察官及び弁護人を「出頭させて陳述させ」る(同条第3項)などすることができることとされていることから、検察官及び弁護人について、ビデオリンク方式による「出頭」を許すかどうかについても、基本的には、裁判所が、手続の進捗状況や当該期日で予定されている手続の内容等に応じて、適切に選択し得るものとすることが適当であると考えられています。
被告人は、公判前整理手続期日に出頭することが可能であり(刑事訴訟法第316条の9第1項)、また、裁判所は、被告人に対し、「公判前整理手続期日に出頭することを求めることができる」(同条第2項)ものとされていますが、被告人が出頭を希望し、かつ、ビデオリンク方式によることを望んでいる場合や、裁判所が被告人に出頭を求める場合においては、裁判所が、手続の進捗状況等に応じて、ビデオリンク方式によることとするかどうかを含め、適切な方式を選択し得るものとすることが適当であるとの意見が出されています。
公判期日への出頭等について
現行法上、軽微事件の場合を除き、被告人が公判期日に「出頭」しないときは開廷することができず(刑事訴訟法第286条)、死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁錮に当たる事件については、弁護人の「出頭」・「在廷」も開廷の要件とされています(同法第289条)。
これらの規定にいう「出頭」及び「在廷」は、その通常の語義に照らせば、裁判所の法廷にそれらの者が物理的に所在することを意味するものと解され、実際の運用においても、公判手続は、裁判所構内の法廷に被告人等が出頭・在廷して行われてきました。
裁判所は、被告人が公判期日に出頭するについて、法廷への出頭を原則としつつ、一定の要件を満たすときは、ビデオリンク方式によることができるものとし、この場合において、弁護人が出頭するについても、一定の要件を満たすときは、ビデオリンク方式によることができるものとすることが提案されています。
一定の要件については、例えば、被告人が公判期日に現実に出頭することが著しく困難であって、公判期日の延期等の措置によって対応することも困難であるなど、やむを得ない事情があり、かつ、被告人の防御の面でも相当と認められる場合が考えられます。
公判審理の傍聴について
憲法第82条第1項は、「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」と規定し、裁判の公開原則を定めています。
その趣旨は、裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとするところにあるとされています。これを受け、一般に公判審理は公開され、傍聴を希望する者は、裁判所に足を運べば、開廷中、自由に法廷の傍聴者の区画に入って公判審理の状況を傍聴することができるのが現在の状況です。
他方で、諸外国においては、公判審理のオンライン傍聴が可能となっている例があり、我が国においても同様にオンライン傍聴を可能とすれば、憲法が規定する裁判の公開の趣旨をより一層促進することができるとともに、国民の知る権利に資するとも考えられています。
また、オンライン傍聴が可能となれば、被害者や被害者の遺族が法廷の傍聴席の数や法廷までの移動の負担等に制約されることなく公判審理を傍聴することも可能となるし、被告人がいる法廷で傍聴することに精神的苦痛を感じる被害者が、そうした苦痛を避けつつ傍聴することも可能となると考えられています。
もっとも、公判審理のオンライン傍聴を可能とすることにより、法廷内の傍聴席にいる者に限らず、より広い範囲の者が審理の内容に接することができるようになり、特に、裁判所の法廷警察権等を及ぼすことが困難な場所にいる多数の者が視聴することとなることから、それに伴い、例えば、次のような弊害が生じ得ることにも留意する必要があります。
- 公判審理において明らかにされる証言の内容や事件の詳細が広く知られることとなり、その映像や音声が録音・録画され、インターネット上に半永久的に残ることとなることも考えられ、その結果として、証人の協力を得ることが困難となったり、あるいは、証人が萎縮して真実を証言することが困難となったりするおそれが高まり、事案の真相解明に支障が生じ得ること。
- 公判審理の内容が広く知られることとなることなどが、被害者の精神の平穏を害したり、被告人の社会復帰に悪影響を生じさせたりすることがあり得ること。
- 裁判員や証人等の容貌・言動等が広く知られることとなり、それに伴い、それらの者に対する接触行為、困惑・威迫させる行為等が行われること。
以上に加えて、裁判の公開の在り方として、どのような形での「傍聴」を認めるかは、刑事手続にとどまらず、民事訴訟等を含めた裁判制度全体にも関わる問題であることから他の裁判手続の公開の在り方との整合性も含め、慎重に検討する必要があると考えられています。
まとめ
いかがでしたでしょうか。捜査から公判、そして傍聴についてまで、幅広くIT化の議論がなされています。今回提案された案のほとんどは、今の技術で実現可能なものばかりであり、実際に手続が効率化されるものばかりですから、近いうちに法改正される可能性は十分に考えられます。
しかし、公判審理の傍聴については、手続の効率的になるわけではなく、実現した場合に生じ得る弊害も大きいため、実現しない可能性も十分にありそうです。
今回はまだ報告書が提出された段階ですが、実際の法改正がどうなるのか、今後の動向に注目です。