被害者の供述が決め手となって真犯人が逮捕される、というドラマや映画のワンシーンを観たことがある人は多いのではないでしょうか。
しかし、被害者供述を絶対視することにより、「冤罪」事件が数多く生み出されていることを軽視することはできません。冤罪とは、罪を犯していないため、無実であるにもかかわらず、犯罪者として扱われてしまうことをいいます。
冤罪事件の代表例として、近年では、平成22年3月26日に再審の判決がなされた足利事件が挙げられます。冤罪事件の発生は、自白の偏重や自白に対する過度の信頼が大きな原因であるとされていますが、性犯罪に関連する事件では、被害者供述の過度な信頼もまた大きな原因であるといえます。
冤罪と聞くと、刑事司法制度が十分でない時代の話であると思ってしまいますが、現在でも身近なところで冤罪事件は起こっています。特に性犯罪については、被害者供述を重視して、冤罪事件となってしまう可能性が十分に考えられます。そこで、被害者供述の信用性判断の方法、冤罪の防止策や対応について詳しく説明します。
被害者供述の証拠上の位置づけは?
被害者供述は、刑事裁判において、「供述証拠」として位置付けられます。
供述証拠とは、人の供述を内容とする証拠をいい、供述の信用性が認められる場合には、供述の内容がそのまま証拠となります。
被害者供述は、供述証拠として信用性があるか、どの程度の証明力を有するのかという観点から、裁判所によって犯罪の事実を判断するために用いられます。また、被害者供述は、その性質上、犯罪の態様、誰が犯人であるのかを供述するものが多いです。
そして、被告人が犯人であるという内容の供述の信用性が認められてしまうと、被告人が有罪となってしまう可能性もあります。具体的には、「◯◯駅の構内で、△△に痴漢された。」という内容の被害者供述の信用性が認められた場合、被害者が◯◯駅の構内で痴漢されたこと、被害者が△△に痴漢されたこと、が裁判所によって認定されることになります。
被告人と被害者の供述が対立した場合
被害者と被告人の供述が対立し、決め手となる客観的な証拠を欠いている場合に、被害者供述の信用性が認められ、被告人の供述の信用性が認められないとすると、被害者供述によって被告人が有罪となる可能性があります。
被害者供述の信用性をどのように判断するか
被害者供述の信用性は、裁判所が判断します。裁判所は「自由心証主義」により(刑事訴訟法第318条)、証拠の信用性やどの程度の証明力を有するかについて、原則として自由に判断することができます。※刑事訴訟法第318条「証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。」
しかし、裁判所が被害者供述の信用性を自由に判断できるとしても、客観的に認められる事実と被害者供述との間に矛盾点がないか、不合理な点がないか等を十分に考慮する必要があります。
被害者供述の信用性の判断基準
一般的に、供述の信用性を判断するための考慮要素は以下の通りです。
- 客観的な証拠や、その証拠から推認できる事実との整合性
- 供述するまでに、記憶が混同・変容しやすい出来事であるか
- 供述内容の一貫性
- 供述者の利害関係(嘘を述べる動機があるか)
- 供述内容の具体性、迫真性
- 供述態度が真摯であるか
最高裁判決補足意見
この点について、被害者の供述の信用性が問題となった最高裁平成23年7月25日判決の千葉裁判官の補足意見は、以下のように述べており、各ポイントについて解説します。
「一般に、被害者の供述は,それがいわゆる狂言でない限り、被害体験に基づくものとして迫真性を有することが多いが、そのことから、常に、被害者の供述であるというだけで信用できるという先入観を持ったり、他方、被告人の弁解は、嫌疑を晴らしたいという心情からされるため、一般には疑わしいという先入観を持つことは、信用性の判断を誤るおそれがあり、この点も供述の信用性の評価に際しての留意事項であろう。」
⇒被害者供述は、狂言でない限り、迫真性(真実味)があることが多いが、それだけで供述が信用できるとの先入観を有することは信用性の判断を誤る可能性がある。
「本件は,強姦の成立を被告人が争っている事件であり、被告人が被害者に対して抗拒し難い程度の暴行脅迫を行ったのか否か、その結果姦淫がされたのか否かが争われている。その点でいわゆる全面否認の事件である。そして、本件では、犯罪構成要件事実の存在を裏付ける客観的で決定的な証拠は存在しない。そこで、 被害者の供述の信用性が最大、唯一の決め手になるのであり、信用性の吟味は慎重の上にも慎重にされなければならない。」
⇒客観的で決定的な証拠が存在しない場合、被害者供述の信用性が唯一の決め手となるため、信用性の有無は特に慎重に判断するべきである。
「供述の信用性が大きな争点となる事件において、多くの場合、信用性の吟味に際しては、供述内容に一貫性があるか、反対尋問にも揺らいでいないか、証言態度が真摯なものであるか、内容に迫真性があるか、虚偽の供述をする合理的な動機があるか等が判断の要素となると指摘されている。」
⇒供述の信用性は、①客観的な証拠との整合性②供述内容の一貫性③反対尋問にも揺らいでいないか④証言態度が真摯なものであるか⑤内容に迫真性があるか⑥虚偽の供述をする動機があるか、で判断する。
「本件においては、以下に詳述するように、証拠によって認められる様々な周辺の事実や本件犯行が行われたとされる現場の状況といった客観的に明らかであると思われる事実と被害者の供述内容が符合し矛盾がないのか、そこに疑問を差し挟む余地はないか、どの程度のどのような内容の疑問やそごが生じており、それを考慮した上でもなお、供述の信用性を認めることができるか、信用性を認めるとしても、どの程度の、あるいはどの部分について信用性を認めることができるか、等を慎重に、丁寧に、予断を挟まずに吟味する姿勢が求められるところである。」
⇒供述の信用性を認めるとしても、どの程度、どの部分について信用性を認めるかは慎重に判断する必要がある。
被害者供述が狂言であるとして無罪となった事例
鹿児島市の繁華街で深夜、17歳の女性を強姦したとして男性が一審で懲役4年の実刑と言い渡されたが控訴審で逆転無罪となった事例
一審では、強姦事件があったとするには不自然な状況証拠が多数あったにもかかわらず、被害女性が男性に強姦されたと証言したことから、被害者供述の信用性を認め、男性に懲役4年の実刑判決を言い渡した。
しかし、控訴審で行われた女性の体内に残された精液のDNAの再鑑定により、被告人と異なる第三者の型の精液であることが判明し、控訴審は逆転無罪を言い渡した(福岡高判平成28年1月12日)。
被害女性の証言通りならば、アスファルトの上で服を脱がせて暴行したことになるが、被害女性は全く怪我をしていなかった。また、被害女性は、捜査段階において、原付バイクが通り過ぎた後に強姦されたと供述していた。しかし、監視カメラには現場を原付バイクが通り過ぎる様子が映っており、そのわずか30秒後に被害女性が一人で歩いている様子が映っていたことから、30秒程度で強姦したことになり被害女性の供述は不自然であった。
強姦罪で有罪判決が確定した後、被害女性が虚偽証言であることを認め、平成27年10月16日に再審により無罪が確定した事例
男性は、一貫して無罪を主張していたが、大阪地裁は14歳であった被害女性が狂言をすることは考え難いとして懲役14年の有罪判決を言い渡し、2011年に最高裁で確定した。
しかし、被害女性と目撃者が狂言であることを認め、性的暴行を受けた痕跡がないとした診療記録が見つかったため、再審により無罪判決が確定した(大阪地決平成27年10月16日)。
電車で女性に痴漢行為をしたとして埼玉県迷惑防止条例違反罪に問われた男性会社員が無罪になった事例
被害女性が当時うたた寝をしていた可能性があり、被害女性の供述が二転三転していることから、被害女性の記憶の正確さに疑問があった。裁判所は、被害者供述の信用性に疑問が残り、他に痴漢行為を裏付ける証拠もないとして無罪を言い渡した(さいたま地判平成30年6月22日)。
冤罪を防ぐための防止策
冤罪とは、罪を犯していないため、無実であるにもかかわらず、犯罪者として扱われてしまうことをいいます。近年、ドラマや小説などのメディアの影響で、日本において検察官に起訴された後の有罪率が99.9%であることが認知されています。
日本において起訴後の有罪率が極めて高いのは、検察官が、証拠や証拠から推認される事実から、被告人が犯人であると合理的に判断できる場合に限り、起訴しているケースが多いためです。そのため、検察官に起訴されてしまった場合には、ある程度証拠や客観的な事実が揃っているケースが多いと考えられます。このように、冤罪に巻き込まれた場合には、無罪を獲得することは難しいため、事前に防止策を講じることにより、冤罪を防ぐ必要があります。
また、冤罪に巻き込まれると、社会的信頼を失ったり、長期の身体拘束を受けたりする等、重大な不利益を被る可能性があります。そのため、冤罪に巻き込まれないように、事前に防止策を講じておく必要があります。
直ちに呼ぶことができる弁護士を見つけておく
冤罪を疑われた場合には、捜査機関に身柄を確保されてしまうという焦りや不安から、取り返しのつかない不利な供述をしてしまう可能性があります。
不利な供述をしてしまった場合、後の裁判に影響が生じ、冤罪であるにもかかわらず、罰せられてしまう可能性が十分に考えられます。そのため、日頃から、直ちに連絡をとることができる弁護士を見つけておくことにより、冤罪を疑われた場合には、弁護士をすぐに呼ぶことができる環境を形成しておくことが重要になります。直ぐに弁護士に連絡をとることができる環境があることにより、冤罪を疑われた場合であっても、毅然とした態度をとることができます。
ボイスレコーダーを用意する
冤罪を疑われた場合には、事件当時の状況や会話を録音しておくことにより、相手方の言い分が誤っていることが明確に判断でき、疑いを晴らすことができるため、日頃からボイスレコーダーを備えておくことが重要になります。
相手方の事件直後の供述内容と後の供述内容が異なる場合には、被害者供述の信用性が低下するため、刑事手続や刑事裁判においても効果を発揮することができます。
弁護士保険
事前に加入しておくことにより、痴漢冤罪を疑われた場合に、無料で弁護士と連絡・法律相談をすることができる弁護士保険が存在します。もっとも、利用回数や利用可能時間については、保険会社のホームページを確認しておく必要があります。
女性と密着しない
電車等の公共交通機関での痴漢冤罪を防止するためには、あらかじめ女性の近くに寄らない・立たないことが重要です。実際に女性が痴漢の被害にあった場合、近くにいた男性が痴漢であると疑われることから、できるだけ距離をとっておき冤罪を防止しておく必要があります。
両手をあげる
電車等の公共交通機関での痴漢冤罪を防止するためには、両手でつり革につかまる等、客観的に手で痴漢をすることができない状態にしておくことが重要となります。もっとも、裁判になってしまった場合には、両手が塞がっていたという状態を客観的に証明する必要があるため、塞がっていた状態を証言してくれる目撃者が必要となります。
万が一冤罪事件に巻き込まれたら?
逃走しない
痴漢などの冤罪で連行された後、身柄を警察官に引き渡されることを恐れて、逃走するケースが増加しています。
しかし、逃走することは様々なリスクを伴うため、お勧めしません。具体的には、逃げ通せなかった場合に長期間の身柄拘束の可能性が高まる、起訴された場合に保釈をとることができないリスクが高まる、裁判で無罪を勝ち取ることが困難になる、逃げ通した場合でも不安がつきまとう等が挙げられます。
つまり、現場から逃走することは、逃亡のおそれがあることから、身柄拘束の必要性が認められやすくなるとともに、犯罪を行ったのではないかという推認につながることで、裁判で不利な影響を及ぼすことになります。
はっきりやっていないと伝える
痴漢冤罪の場合には、駅員に対し、はっきりとやっていないことを主張することが重要です。
刑事裁判になってしまった場合、事件当初の供述が判決を左右する重要な証拠となることがあります。
また事件当初から、毅然とした態度で犯行を否定することにより、駅員が証人の確保に動く可能性があるため、裁判で無罪を勝ち取るためには、はっきりとやっていないことを主張する必要があります。
家族に連絡して警察署に来てもらう
冤罪の場合であっても、逮捕・勾留されることにより、長期間の身体拘束がなされる可能性があります。逮捕・勾留は、罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれ・住所不定といった事情がある場合に認められるものです。
そのため、弁護士等を通じ家族に連絡して警察署に来てもらい、身柄引受書を提出することにより、逃亡のおそれや住所不定といった事情が認められて逮捕・勾留されてしまうことを回避することが重要になります。
直ちに弁護士に連絡する
冤罪により逮捕されてしまった場合、早く釈放されたいという気持ちから、虚偽の自白をしてしまうことがあります。しかし、裁判になった場合、虚技の自白を撤回することは困難であるため、不利な影響を生じる可能性が高いといえます。また、早く釈放されたいという気持ちから、捜査機関が作成する調書に署名してしまうことがあります。
裁判になった場合、捜査機関が作成した調書に署名していると、調書通りの供述であってその内容に誤りがないものとして扱われてしまいます。
このような場合、裁判所に内容に誤りがあることを認めてもらうことは困難であるため、不利な影響が生じる可能性が高いといえます。
このように、刑事手続は専門的知識が必要であり、捜査の段階に応じて適切な対処を行う必要があります。そのため、冤罪に巻き込まれてしまった場合には、専門的知識を有する弁護士に早期に相談・依頼することが重要となります。
まとめ
いかがでしたでしょうか。私たちが日常生活を送っていても、その性質上、思いがけず冤罪に巻き込まれてしまう可能性は十分に考えられます。
冤罪に巻き込まれてしまった場合、冤罪事件の初期段階から適切な対応をしなければ、有罪判決を受けるなど不利な影響が生じる可能性が高いといえます。また、冤罪に巻き込まれないために、事前の防止策をしっかりと考えておくことも重要となります。