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損害賠償命令制度を弁護士が解説

損害賠償命令制度とは、刑事事件を担当した裁判所が、有罪の言渡しをした後、引き続き当該事件に関する損害賠償請求についての民事の審理も行い、加害者に損害の賠償を命じることができるという制度のことです。

おおむね4回以内の審理で結論を出すことになっているため、通常の民事裁判よりも簡易・迅速な解決が期待できます。この制度ができる前は、伝統的な大陸法(ドイツやフランスなど)の法体系に従って刑事法は刑事法、民事法は民事法と分けられていて、仮に刑事裁判で加害行為が認められても、被害者はその民事的損害を請求するには、改めて民事訴訟を提起しなければなりませんでした。これは被害者に相当の負担を強いるもので、歴史的法体系を理由とした分離論は被害者に負担を課すことを正当化できるものではありません。以下、損害賠償命令制度の対象犯罪や手続の流れを元検事の代表弁護士・中村勉が解説いたします。

損害賠償命令の対象犯罪は?

以下の犯罪の刑事事件の被害者本人一般承継人(相続人)が利用することができます(犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(以下省略)23条1項各号)。

  1. 殺人、傷害などの故意の犯罪行為により人を死傷させた罪
  2. 強制わいせつ、強制性交等(旧 強姦)などの罪
  3. 逮捕及び監禁の罪
  4. 略取、誘拐、人身売買の罪
  5. ②~④の犯罪行為を含む他の犯罪
  6. ①~⑤の未遂罪

業務上過失致死傷、自動車運転過失致死傷等の過失犯は対象となりません。ただし、傷害致死などの故意犯の結果的加重犯は対象となり得ます。上記被害者及びその一般承継人であれば、刑事裁判への参加の有無を問わず、損害賠償命令を申し立てることが可能です。申立書には、申立人(及び法定代理人)と被告人の氏名、請求の趣旨、訴因(審理の対象となっている起訴事実)を記載しなければなりません(法23条2項)。申立費用は、申立手数料2,000円(定額)となります(法42条1項)。

手続の流れ

申立ては、起訴後弁論の終結までに行います(法23条1項柱書)。無罪判決が出た場合は、申立ては却下されますが(法27条1項3号)、この場合でも、改めて、通常の民事訴訟を提起することはできます。

有罪判決の場合は、当該被告事件の係属する裁判所、通常は刑事裁判を担当した裁判官が、同じ刑事裁判記録に基づいて引き続き損害賠償命令についての審理を行うので、新たに民事裁判を起こすことに比べ、被害者の立証の負担が軽減されます。審理は原則4回までとなっています(法30条3項)。審理の結果の「決定」は、民事裁判の確定判決と同一の効力があります(法33条5項)。

以下の場合は民事裁判となりますが、通常の場合とは異なり、新たに民事裁判の訴えの提起をする必要はありません。

  1. 決定に対し異議申立てがなされた場合(法34条1項)
  2. 4回以内の審理で終結しない見込みのとき(申立人の申立て又は裁判所の職権による)(法38条1項)
  3. 申立人(被害者)の申立てがあった場合(38条2項1号)
  4. 相手方(加害者)から民事訴訟手続への移行の申立てがなされ、申立人が同意した場合(法38条2項2号)

これらの場合、通常の民事訴訟手続に移行します。裁判記録は引き継がれます(35条2項)。

損害賠償命令Q&A

Q: 刑事の弁護人が損害賠償命令での民事の代理人にそのままなるのでしょうか。

刑事の弁護人というだけで当然に民事の代理人になるわけではありません。ただ、別途委任を受ければ、民事を代理することは可能です。

参考: 岡村勲編「犯罪被害者のための新しい刑事司法(第2版)」(明石書店、2009)(以下「新しい刑事司法」)238頁

Q: 損害賠償命令の期日はいつ決まるのでしょうか。

直ちに審理期日を開くことが相当でないと認めるときでない限り、裁判所は直ちに損害賠償命令の申立てについての審理のための期日を開かなければならない、とされています(法30条1項)。期日を開けるのであれば、判決言渡しに引き続いてその日のうちに続けて損害賠償命令の審尋手続が行われる運用のようです。

Q: 被告人の代理人は、答弁書を出すのでしょうか。また、どの段階で出すのでしょうか。

出すこともできます。審理が原則4回以内であること(法30条3項)、任意的口頭弁論が採用されていること(法29条1項)などからすると、必要があれば実質的な審理が開始される前に答弁書を提出することになります。具体的には、第1回期日においてまず刑事被告事件の訴訟記録の取調べ(法30条4項)がなされ、その後(場合によっては第2回期日に)実質的な審理が開始されるので、それまでに提出しておくのがよいでしょう。

参考: 新しい刑事司法163頁
相手方(被告人)は、損害賠償命令の申立てに対して答弁書を提出するなど応答する義務は当然ながらない。
一方、相手方が答弁書を提出することは当然できる。相手方が答弁書に記載した事柄は訴状に記載された事項同様に刑事裁判に対しては何ら影響を与えないものとみなされることになる。
同173頁
この4日以内の審理期日を具体的にどのように進行するかということは、今後の運用いかんによるが、概ね、第1回、すなわち、有罪判決言渡し直後の審理期日において、刑事事件記録の取調べをする(4項)ほか、答弁書が提出されていなければ相手方に答弁をうながし、主張に対する認否や申立人の主張の補充を述べることになる。そして、双方の主張整理を1ないし2回にわたって行い、主張整理後に証拠調べ(もし必要であれば)を行い、証拠調べの実施により審理を終結するという流れになる。

Q: 和解勧告もあるのでしょうか。

審理期日において放棄、認諾、和解をすることもできます(法40条、民訴法266条1項、267条)ので、和解勧告もあり得ます。

参考: 東京弁護士会法友全期会犯罪被害者支援実務研究会「Q&A犯罪被害者支援マニュアル」(ぎょうせい、2010)119頁
まず第1回期日で刑事記録を取り調べ、申立人の主張の補充や被告人の言い分を聴取します。事件の性質や当事者の資力等の事情により、この段階で任意的口頭弁論に付され、裁判所から当事者の審尋や和解の勧試がなされることもある。
参考: 第一東京弁護士会犯罪被害者保護に関する委員会「ビクティム・サポート(VS)マニュアル―犯罪被害者支援の手引き―(3訂版)」(東京法令出版、2010)50頁
法34条(現行法40条)により民訴法267条(和解調書等の効力)の規定が準用されている。すなわち、審理期日において請求の放棄、認諾がなされ、あるいは和解が成立し、調書に記載されたときは、確定判決と同一の効力を有し、債務名義としての効力を持つ(民事執行法22条7号)。

Q: 損害賠償命令の決定があった後、どのように、その損害賠償金が支払われるのでしょうか。

損害賠償命令についての裁判は確定判決と同一の効力を有し、仮執行宣言を付することもできるとされていることなどからすると、民事訴訟において請求認容判決が下された場合と基本的に異なるところはありません。すなわち、申立人の相手方(被告人)として自発的に金銭を支払う場合には、後掲広島高判平22.1.26において「被害児童の代理人弁護士の預金口座に1006万5644円を振込送金した」という記述がみられるように、確かに申立人(被害者)に支払ったと後々裁判所に証明できる形であれば、支払方法は厳密には問われません。

Q: この賠償の事実が、控訴審で有利な情状として斟酌されるのでしょうか。

① 広島高判平22.1.26(破棄自判)

8歳の女児に陰部を露出させるなどし、その姿態をデジタルビデオカメラで撮影しながら、陰部を手指で弄ぶなどしたとして、元医師が、強制わいせつ罪などに問われた事案で、原判決後、被告人は、刑事損害賠償命令事件において被害者の請求額の一部である1000万円を認諾し、その遅延損害金を含めた1006万5644円を振込送金したことなどの事情を考慮して、実刑とした原判決を破棄し、執行猶予付き懲役刑を言い渡した事例。

「被告人が犯行自体は認め、反省の態度を示し、被害児童に対し、慰謝料として500万円の支払を申入れたこと……などの被告人のために酌むべき事情を考慮しても、被告人を懲役2年4月の実刑に処した原判決の量刑は、その判決言渡し時点においては、これが重過ぎて不当であるとはいえない。しかしながら、当審における事実取調べの結果によれば、原判決後、被告人は、刑事損害賠償命令事件において、2300万円の請求のうち1000万円について請求の認諾をし、330万円に対する遅延損害金の支払を命じる旨の決定を受け、被害児童の代理人弁護士の預金口座に1006万5644円を振込送金した……事情に上記原判決時の諸事情を考え併せ、改めて本件の量刑について検討すると、現時点において、原判決の上記量刑を維持するのは、被告人にとって酷に過ぎると認められる。」

② 大阪高判平23.5.19(破棄自判)

強姦致傷被告事件について、原審の裁判員裁判では被害者の供述を全面的に争って無罪を主張したが有罪となり控訴し、控訴審では一転して犯罪事実を全面的に認めた上、被害弁償をして示談が成立した事案について、控訴審が刑訴法397条2項により原判決を破棄し、原審の量刑を軽くした事例。

「被告人は、原審での主張を撤回し、控訴審において、事実を認めて反省の弁を述べ、損害賠償命令手続によって認容された金額を150万円上回る金400万円の賠償金を支払う旨の示談が成立しており、被害者及びその母親からは前記のとおりの上申書が提出されている。しかし、事実を認めて被害者に謝罪し、その被害回復を図ることは、一審においても、被告人がやろうとさえ思えばいつでもできた事柄である。それを、被告人はしなかったのであり、その結果、そのような事情を考慮に入れての裁判員裁判での量刑判断を潜脱する結果になっており、量刑判断面での一審の充実という点がないがしろにされている。現に示談が成立し、相応の金額の賠償金が被害者に支払われることとなっている点は被告人に有利に斟酌すべき事情であるといえるけれども、それは被告人がやろうとさえ思えば原審の段階でできた事柄である上、被害者に与えた精神的苦痛を慰謝するのは当然すべきことであるともいえ、損害賠償命令手続によって認容された金額を150万円上回る金額を支払うとの点も、被告人が事実を争った結果、被害者は証人として呼び出されてつらい記憶を思い出して尋問に晒されなければならなかったのであり、その上積み分はいわばそのような二次的被害の賠償とみてよいとも考えられ、示談が成立したこと等を被告人に過大に有利に評価するのは相当でないと言い得る。そうすると、本件控訴を棄却することも十分に考えられるところである。

しかし、一方で、被告人は、当審でも事実を認めずに争うこともでき、損害賠償の点も原審裁判所が認容した金額の支払に留めるという選択もできたが、遅ればせながらとはいえ、ようやく被害者のつらい気持ちに思い至り、また、原判決における厳しい量刑に思いをいたして、少しでも刑を軽くしたいとの自己保身の思いはあろうが、事実を認め、前記金額の賠償金を支払うことを決意し、その旨の示談を成立させたのであり、このことによって幾分かでも被害者の気持ちは癒されたのではないかと推測できる。被告人が本件で取った訴訟手続面での思慮のなさやあわよくば処罰を免れたいとの思いは被害者の心情を思えば取るべき態度でなかったことは言うまでもないが、被告人があわよくば処罰を免れたいと思う気持ちを自己保身の面から優先させた心情は、よくないことではあるが理解できないわけではない。そうすると、被告人は、原審における態度と同様に当審でも争うことはできたが、そうはしないで、事実を認めて前記の示談を遂げ、被害者及びその母親も前記の上申書を提出していることをまったく考慮しないというのも被告人にとって酷な面があるといえる。また、控訴審において、原審と同じ態度をとらせるよりは、原審での誤った否認の態度を改めて真に反省し、事実を認めて被害者に対する慰謝の措置を講じさせることの方がよりよいことであり、そのためには、変節ではあるというものの、控訴審でとったよりよい措置を一定程度評価することが必要である。」

※損害賠償命令が下されたという事情は、示談が成立したという事情に吸収されているようにもみえますので、①と比べるとこの裁判例が先例たりうるかは微妙ですが、判旨を敷衍すると「損害賠償命令が下されたということは、被告人が第1審判決まで十分な金銭を自発的に支払わなかったことを意味するので、命令に従って賠償したことが直ちに被告人に有利に斟酌されるものではない」と考えられる点は要注意です。

Q: 損害賠償命令に当たって、被告人の代理人はどのような防御、弁護活動をすべきなのでしょうか。

刑事第1審において有罪判決が下されたことが前提となっているので、不法行為の存在及び損害発生の事実それ自体を争うことは現実的ではありませんが、損害額については答弁書ないし準備書面等を提出して争うことはできます。ただ、犯罪被害者保護法制の一環として導入された制度のため、申立人(被害者)の簡易迅速な権利救済という点に重点が置かれており、相手方(被告人)の方で本格的に争うことは想定されていません。

すなわち、4回以内の審理で終結しない見込みのときは、裁判所の職権により民事訴訟手続に移行する可能性があるうえ(法38条1項)、決定が下されたとしても、当事者から異議申立てがなされれば結局民事訴訟手続に移行する(法34条1項)。
それゆえ、損害賠償請求について本格的に争う場合には、審理期日においてその旨主張し、あるいは決定に対して異議を申し立てた上で、民事訴訟に軸足を移すことも考えるべきです(なお、法改正の段階で対象犯罪から自動車運転過失致死傷や業務上過失致死傷が除外されたのは、そのような類型の事件においては、相手方が過失相殺的な主張を持ち出などして審理が複雑化することが多く、簡易迅速性を重視するこの制度の趣旨になじまないから)。

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