皆さんは「正当防衛」という言葉を聞いたことがありますか。おそらく、多くの方がどこかで耳にしたことがあるのではないでしょうか。
例えば法律をテーマにしたテレビドラマも多く、その中で必ずと言っていいほど「正当防衛か殺人か」等というテーマが取り上げられています。そのため、なんとなく正当防衛を分かったつもりの方も多いのではないでしょうか。
正当防衛とは、犯罪から自分や周りの人を守るためにやむを得ずとった行為のことですが、どの程度の行為までが「正当防衛」として認められ、どの程度までが認められないのでしょうか。実はこの境目が難しいので、安易に「これは正当防衛だから大丈夫、自分は罪に問われないだろう」と考えて行動してしまうと、逆に自分が罪に問われてしまう場合も多いのです。そうなると面倒なことになり、自分が苦しいのは勿論、家族や周りの人にも迷惑をかけてしまうことになるでしょう。いざという時に、少しでも正当防衛についての正しい知識があれば役立つことがあるかもしれません。
今回は、正当防衛とはなにか、正当防衛はどのような基準で認められるのかについて、代表弁護士・中村勉が解説いたします。
正当防衛の定義と基準
刑法第三十六条第一項に「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」とあります。
この一文のなかにある分かりにくい用語について考えてみましょう。「急迫不正の侵害」という言葉は、「急迫性の侵害」「不正性の侵害」という二つの言葉から成り立っています。「急迫性」は「現に法益侵害が存在している、または侵害の危険が間近に押し迫っている」と定義されています。つまり「急迫の侵害」とは、現在進行形で発生し又は発生しようとしている侵害のことです。
「不正性」とは違法性のこと、つまり「不正の侵害」とは違法な侵害のことです。ところで、ここでいう「侵害」とは、命、身体、財産に対する加害行為のことです。「自己又は他人の権利」とは法律で保護されるべき自己または他人の権利、つまり自己や他人の命、身体、財産のことです。「やむを得ずした行為」とは逃げる余地がなく、防衛のためにのみ必要があった必要最小限の行為のことです。
つまり正当防衛とは、今現在自分や周りの人の命、身体、財産が攻撃を受けていたり、もうすぐ受けそうなのに逃げることができなかったりしたときにそれらを守るために自分のできる最低限の力で行う行為を言います。
基準
正当防衛になるかどうかの基準は、不正の侵害であるかどうか・急迫性があるかどうか・防衛の意思があったかどうか・防衛行為の必要性があるかどうか・防衛行為の相当性があるかどうかの五つの条件が正当防衛かどうかの判断基準となります。
- 不正の侵害かどうか
- 急迫性があるかどうか
- 防衛の意思があったかどうか
- 防衛行為の必要性があるかどうか
- 防衛行為の相当性があるかどうか
相手の行為に違法性があったかどうかが判断基準となります。
今相手からの侵害を受けているかどうかが判断基準となります。
客観的状況からみて、行った行為に攻撃の意思は無く防衛の意思があったのかどうかが判断基準となります。
防衛のためにその行為をする必要性があったかどうかが判断基準となります。
不当な侵害の危機を回避するためにとった防衛行為が、必要最低限のものだったのか、本当に防衛のためだったのかどうかが判断基準となります。
これら五つの条件が当てはまる場合、正当防衛とみなされます。
正当防衛が認められたら
正当防衛が認められた場合、形式上では犯罪行為に該当していた場合でも、その違法性は否定され、犯罪に問われないことになっています。例えば相手が怪我を負ったり死亡したりした場合であっても、それが防衛のための行為によってであり、正当防衛だと認められれば刑事上の責任は問われません。
そのため、警察や検察の捜査の結果からみても明らかな正当防衛であるという場合であれば、手続きとしても不起訴となり、刑事裁判手続きにならない可能性もあります。
正当防衛を争う場合の弁護活動
以下のいずれかを満たしていれば、正当防衛が成立しない可能性もあります。
①「急迫の侵害」に当てはまらない場合
将来の侵害や過去の侵害等です。例えば、仲の悪い同級生が、「明日お前を殴ってやる」と言ってきたので、殴られる前に相手を殴ってやろうと思いその同級生に怪我を負わせた場合、急迫性の要件を満たしません。小学生のころ同級生にいじめを受けていてその仕返しをしたとしても、急迫性の要件を満たしません。
②「不正の侵害」に当てはまらない場合
モノや動物の侵害等です。例えば、向こうから歩いてきた犬が自分に突然噛みついてきたのでとっさに犬を殴ったところ犬が死んでしまった場合、犬が人に噛みつくことは不正とは言い難いです。
③「防衛」の意思がなかった場合
攻撃を受けた機会に乗じて積極的な加害行為に出た場合等です。例えば、相手方から攻撃を受けたとき、これに対し自分の身を守るためではなく、もっぱら相手を攻撃する動機や意図で行った行為については、防衛の意思がなかったとされる場合があります。
④防衛行為に「相当性」がなかった場合
侵害行為に対して、受けた侵害以上の防衛行為をした場合、過剰防衛とみなされることがあります。
例えば、武器なしで攻撃してきた相手をナイフで刺した場合等です。
しかし、これらにはいくつか例外があります。例えば①を考えてみましょう。「夜道を歩くとき痴漢撃退スプレーを常備しており、実際に痴漢被害にあったのでスプレーを使用したとき、予期された侵害といえてしまうので「急迫の侵害」には当てはまらず、正当防衛が成り立たないのか」という疑問が出てくると思います。
この場合、急迫不正の侵害があったとして正当防衛は成り立つのです。そこで、正当防衛の急迫性と積極的加害意思について述べられている裁判例をみてみましょう。
昭和52年7月21日 最高裁決定
「刑法三六条が正当防衛について侵害の急迫性を要件としているのは、予期された侵害を避けるべき義務を課する趣旨ではないから、当然又はほとんど確実に侵害が予期されたとしても、そのことからただちに侵害の急迫性が失われるわけではないと解するのが相当であり、これと異なる原判断は、その限度において違法というほかはない。しかし、同条が侵害の急迫性を要件としている趣旨から考えて、単に予期された侵害を避けなかつたというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、もはや侵害の急迫性の要件を充たさないものと解するのが相当である。そうして、原判決によると、被告人は、相手の攻撃を当然に予想しながら、単なる防衛の意図ではなく、積極的攻撃、闘争、加害の意図をもつて臨んだというのであるから、これを前提とする限り、侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきであつて、その旨の原判断は、結論において正当である。」
この事件は対立する二つのグループ間で起こったもので、AグループがBグループの攻撃を予想して武器を隠し持っていました。実際にBグループが攻撃してきたのでAグループはその武器で攻撃し返しました。(第一の攻撃)次にまたBグループが攻撃してくることを予想してその時に自分たちが攻撃しやすいように装備を作っておきました。そして実際にBグループが攻撃してきたのでAグループはその装備を使って攻撃し返しました。(第二の攻撃)
先程の最決から分かるように、裁判の結果、第一の攻撃は相手の攻撃を予期しただけで積極的加害意思は無いので正当防衛が認められましたが、第二の攻撃は積極的な加害意思に基づいて行われ、急迫性の要件を満たさないという理由から正当防衛が認められませんでした。
正当防衛になるかどうかの判断基準は客観的状況により評価が変わるので注意が必要です。もし正当防衛が認められなければ、不起訴とならず、起訴された後の裁判手続において正当防衛を主張して裁判を戦うことになります。認められない場合にあり得るのが、防衛行為の相当性が認められず過剰防衛となってしまう場合です。その場合はその行為が防衛のための行為であったことが情状において考慮され、求刑よりは刑の減刑が行われます。
また、5つの条件全てをクリアできなかった場合、傷害罪の判決を受ける場合があります。その場合、基本的には1か月以上15年以下の懲役、または1万円以上50万円以下の罰金が課せられ、刑事裁判になれば懲役刑を受ける場合もあります。
その他の正当防衛に関する事例
年齢も若く体力も優れた相手方が、「お前、殴られたいのか」と言って拳を前に突き出し、足を蹴り上げる動作等をしながら目前に迫ってきたなどの状況下において、被告人が、その危害を免れるため、包丁を手に取った腰辺りに構えて脅迫した行為はいまだ防衛手段として相当性を超えたものとはいえないとして、被告人に無罪を言い渡した。(最判平成元年11月13日)
まとめ
いかがでしたでしょうか。私達もいつどこで危険に巻き込まれるかわかりません。そのような時に逐一「この行為は正当防衛のこの条件に当てはまる」などと考えて行動することは難しいでしょう。刑事事件に巻き込まれ、刑事手続が長期化してしまうと、精神的、肉体的、金銭的にも苦痛が伴います。このような被害を避けるためにも、まずはその危機から逃れることを考えましょう。
暴行や傷害事件で正当防衛が主張されることが多いですが、検事としての経験上、双方飲酒の上での粗暴事件で、正当防衛が認められることはまずありません。例えば、相手は酒に酔っていて、自分は酔っていないケースで、明らかに言いがかりをつけられたケースでは、ぜひ当事務所にご相談ください。なお、経験上、起訴後の正当防衛主張が裁判所によって認められることはありません。正当防衛の要件は厳格に審査されるのです。しかし、捜査段階では、検事は怪しいケース、つまり無罪にはならないけど争われて時間を要するケースは訴訟経済上、起訴を回避するのです。捜査段階こそ重要です。
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