痴漢事件の初犯の場合であっても、逮捕・勾留されるのでしょうか。
初めてのことだから、逮捕されずに済むだろうという考えは危険です。痴漢事件は、行為の悪質性によっては初犯であっても逮捕される可能性が十分にあります。
すでに警察から連絡があった場合や、ご家族が痴漢事件に巻き込まれていることが発覚した場合には、すぐに弁護士に相談し、今後の対応を検討する必要があります。
今回は、痴漢で検挙されたが初犯の場合に、どのような手続きとなり、弁護活動はどのようなものになるか、
この点について元検事である代表弁護士・中村勉が解説します。
痴漢の初犯とは
痴漢で警察に検挙された場合、過去に一度も痴漢事件の犯罪記録がない場合には、初犯という扱いになります。
ここで言う「初犯」は、事実上も過去に一度も痴漢をしたことのない人のほか、実際には過去に何度も痴漢をしていたが、たまたま一度も警察に発覚していない人も含まれます。
元検事の取調べ経験で言うならば、初犯の痴漢事件であっても、その多くは過去に何度か痴漢をしたことがあると思われるケースがほとんどです。
もちろん、実際に一度も痴漢をしたことがなく、たまたま酔っていて魔が差して初めて痴漢をしたところ、警察に突き出されて事件化されたというケースはあると思います。
一方で、特に酩酊していないときの朝の通勤途上の痴漢などは、痴漢が一種の癖になっていて、何度も同じ痴漢行為をしていたケースが多く、検挙された事件は氷山の一角といったこともあるのです。
しかし、いずれにしても捜査機関の記録上表れていない痴漢の経歴は、たとえ本人が自白していたとしてもそれだけで証拠になるわけではなく、推測や憶測から事件化して刑罰を科すことはできないので、結局、初めて痴漢を行った人と同じように、初犯として扱われるのです。
痴漢の初犯と再犯で違う点について
それでは、痴漢につき初犯で検挙された場合、再犯、再々犯と異なる点はどのようなものでしょう。
これを考えるには、初犯ではないケース、つまり再犯の痴漢ケースを説明するのが良いでしょう。
何度も痴漢を繰り返し、前回も前々回も同じように痴漢で検挙され、在宅捜査の上、不起訴あるいは罰金刑という寛大な処分に処せられたにもかかわらず、また痴漢を繰り返して警察に検挙されるならば、当然、前回は不起訴で済んだが今回は罰金にする、前回は罰金で済んだが今回は起訴する、というように処分が重くなります。
そうすると、被疑者はそうした処分回避のために痴漢被害者に働きかけなどの罪証隠滅行為を行ったり、逃げたりする恐れが高いと判断されて逮捕されることもあるのです。これに対して、初犯の場合には逮捕される可能性が低いです。多くは、身柄引受人が「警察署等に出頭し、逃亡しないように監督する」旨の誓約書を警察署に提出すれば、その場で解放され、逮捕される可能性は低いです。ただし、これは条例違反における痴漢行為とみなされた場合に限るでしょう。
以前は、悪質な痴漢行為は強制わいせつ罪で取り締まられていましたが、近年の性犯罪の厳罰化が進んだこともあり、条例違反で取り締まられていた痴漢行為についても、不同意わいせつ罪で立件される可能性があり、その場合には逮捕の危険性は高まります。
痴漢の初犯で逮捕されるケースとは
前述のとおり、不同意わいせつ罪での立件の場合は、初犯であっても逮捕される可能性が高まります。他にはどのようなケースがあるのでしょうか。
たとえば、同一被害者に対する同種痴漢行為の繰り返しが認められる場合には、被疑者は被害者の顔や通勤・通学経路、生活圏も知っていることが多いので、もし被疑者を釈放すれば被害者への働きかけや同種行為の繰り返しが行われるおそれもあって、逮捕されることが多いです。
また、否認の場合には、初犯であっても逮捕されることがあります。同じく罪証隠滅のおそれや逃亡のおそれがあるためです。そのため、初犯であるから必ずしも逮捕されないということはないので、逮捕された場合には、弁護士のアドバイスやサポートが必要になるでしょう。逮捕されてしまった場合には、ご自身で刑事事件に詳しい弁護士を探すことができないので、家族の助けが必要になります。
性犯罪の厳罰化の影響
衣類の上から触るだけでなく、下着の中に手を入れることも不同意わいせつ罪とみなされます。さらに、陰部へ指を挿入した場合には「不同意性交等罪」が該当する可能性もあります。不同意わいせつ罪や不同意性交等罪に該当する場合は、罰則が重いため、逮捕されるにとどまらず正式裁判の可能性もあります。
初犯の痴漢における捜査プロセスの違い
ところで、冒頭で「初犯」にも二通りがあり、生まれて初めて痴漢をしたケースと、警察の記録上は前科・前歴無しで痴漢での立件が初めてだが、実は以前から何回も痴漢をしていて、たまたま今回検挙されたケースがあると話しました。
後者のケースにあっては、被疑者が生まれて初めて痴漢をしたと供述しても、外形的事実からそれが信用できない場合があるのです。
例えば、典型的には同一被害者に対する痴漢行為です。被害者は何度も同じ加害者から通勤や通学途中で痴漢の被害に遭っていたと供述したとします。被害者はそのような経験はよく覚えているうえ、犯人の顔も特徴もよく覚えているので、被疑者が過去の類似痴漢行為を否認しても捜査官は到底信用できません。
そして、このケースにあっては、被疑者は被害者の顔も通勤・通学経路や生活圏も知っていることが多いので、取調べが厳しくなるだけでなく、逮捕され、勾留期間も延長を含めて長くなることが多いので注意が必要です。
痴漢の初犯と再犯の違い
痴漢の初犯の場合と再犯者の場合では、示談交渉や刑事事件の処分といった、大きく2点に影響することが考えられます。
ただし、前述のとおり、初犯と言っても、被疑者が生まれて初めて痴漢をしたケースと、以前から行為を繰り返していたがたまたま今回検挙されたケースがあります。そのため、様々な事情を考慮して弁護活動を組み立てる必要があります。
示談交渉への影響
再犯の痴漢の場合は、示談が困難になることがあります。被害者の方は、弁護士との示談交渉を受け入れる場合でも、加害者が初めて痴漢で捕まった者なのか、それとも常習的に痴漢を繰り返し、何度も検挙されたことのある者なのか、関心を持つことがあります。
そういった情報は警察や検察官を通じて獲得します。そこで、何度も痴漢で捕まった加害者であるならば、「女性の敵」と感じる被害者もいます。あるいは、これまでの被害者が寛大過ぎたから更に被害者を増やすことになったと考える被害者もいます。その場合、被害者は自分こそが厳しく対応しなければならないとして、示談を拒否したり、高額な慰謝料を求めたりすることもあるのです。そのため、初犯であれば、もし被害者が示談交渉に応じていただけたら比較的スムーズに示談成立に至ることが多いです。
刑事事件の処分への影響
初犯と再犯者とで刑事事件の処分が異なってくることもあります。
前回、ないし前々回にも警察に捕まり、厳しく取調べを受けたにもかかわらず、その後、更に性懲りもなく痴漢行為を繰り返す人は、「刑の感銘力」すなわち、もう刑罰は受けたくない、初めて刑事手続を経験してようやく自分の愚かさが分かったという気持ちが欠けていると判断されますので、より厳しい処分となります。前回不起訴という寛大な処分を受けた人は罰金刑に、前回罰金刑だった人は正式裁判を受けさせるために起訴されることもあるのです。
これに対し、初犯であれば、不起訴となり、前科が付かない処分となることがほとんどです。最も中には、犯行態様や犯行後の事情(逃亡するなど)で悪質の場合には、罰金刑となることもありますが、正式起訴の可能性は低いです。
初犯の痴漢事件での弁護活動とは
では、初犯の痴漢事件で弁護士は何をしてくれるのかをご紹介します。必ず被害者がいるような痴漢事件での弁護活動は、示談交渉がメインとなるでしょう。また、逮捕されている場合には身柄解放の活動も行い、なるべく日常生活に不利益が起きないように活動します。不起訴処分を獲得した場合、前科は付きません。そのため、以前のとおり日常生活を送ることができ、不利益を最小限に留められます。
身柄解放
痴漢事件では、容疑を認める場合は在宅事件になるケースもありますが、逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがあるため、逮捕され、勾留請求される流れが一般的です。勾留が決定されると、最長で20日間身体を拘束されるため、弁護士は勾留の事前防止、期間短縮を目指します。検察官に勾留請求をされたら、弁護士は裁判所に意見書を提出したり、裁判官面接を求めたりすることによって、勾留請求の却下を求めます。
勾留が決定した後でも、準抗告や勾留取消請求、勾留執行停止の申立などにより身柄拘束の必要性を争うことができ、裁判所に認められた場合には身柄解放が叶います。
初犯の場合は逃亡のおそれ、罪証隠滅のおそれがなく、生活が安定していれば勾留されないケースも増加しています。弁護士を通して、捜査機関や裁判官に生活状況や証拠隠滅の可能性が低いことを説明することが重要です。
被害者との示談交渉
示談とは、裁判手続によらず被害者と話し合い、事件の賠償責任を解決する手続です。
加害者は、謝罪を伝えて示談金を支払うことで被害者の処罰感情の緩和を目指します。
示談が成立していれば、初犯の場合は特に、逮捕・勾留されているときには早期釈放される可能性が高まり、捜査が進んでも不起訴となる可能性が高まります。
痴漢事件では、被害者の精神的苦痛への配慮のため、また再犯の可能性を疑われるため、被疑者・被告人が直接被害者と会って示談交渉をすることができません。そのため、痴漢事件で示談交渉するときには、弁護士が間に入り、捜査機関に被害者の連絡先を聞き、被害者と連絡を取ります。実質的に弁護士がいなければ被害者と示談をすることは難しいでしょう。
何度も謝罪や交渉を重ねても、被害者が示談を受け入れない場合もあります。そういった場合には、示談の代わりとして贖罪寄付を行うことで、不起訴処分を目指すこともあります。
まとめ
いかがでしたでしょうか。初犯だからと言って必ずしも安心できないことがおわかりいただけたかと思います。中には、初犯だから弁護士をつけなくても罰金だけ払えば、弁護士費用より安上がりと考える人もいます。
しかし、刑事手続の罰金刑と民事手続の損害賠償請求は全くの別ものです。被害者は民事訴訟を起こして慰謝料を請求することもできるのです。
また、近時の被害者保護の世論を受けて、初犯といえども示談が成立していない場合には不起訴ではなく、罰金刑とする検察官も多くなっています。被害者が犯人を許さないとして示談に応じないのに、検察官が「赦す」ことに対する風当たりも強くなっているのです。罰金も前科となるので、これを避けなければなりません。そのためには示談が必要であり、示談は弁護士なしでは上手くまとまらないです。